第3話 妖精の言葉

妖精を患者さん用の丸イスに座らせたカイトは、父さんが使っているイスに腰かけました。

「えーと、君は人間じゃないよね。いったい何者なんだい?」

「わたし、光の妖精なんです」

「なるほど。それで体が光っているんだね」

話し相手がいるというのは本当によいことです。さっきまでの寂しさは、どこかに消えていました。


「でもよかったです。人間には姿が見えないと思って、半分あきらめていたんだもの」

透き通るような青い目に見つめられたカイトは、ペンダントをつつきながら、そっと微笑みました。

「うん、まあちょっとね。それで、病気になったといっていたけど、どこか具合が悪いの?」

「ええ、体は大丈夫なんです。でもわたし、遠くまで飛べなくなってしまったんです。いつも太陽の光を追いかけながら遊んでいるんだけど、この近くの島で急に力が出なくなってしまって」

「遠くまで飛べなくなったって…羽根が原因かな」

カイトは、妖精の腰かけたイスをくるりと回しました。


カゲロウのように薄い銀色の羽根が小さく震えていました。じっと目を凝らして見ましたが、どこにも傷はありませんでした。

「羽根にはおかしなところはないみたい。何かしていて、そうなったの?」

「そう。わたし、とても珍しい花を見つけたんです。金色に輝いて、とてもよい香りでした。嬉しくなってその周りを飛び回っていたら、急に力がなくなってきて。それで、せめて太陽が早く昇ってくる方に行こうとして、やっとのことで、ここまで来たんです」

「原因はその花だね。問題はどうやったら力を取り戻せるかだ」

カイトは首をひねりました。体は大丈夫とのことですが、とりあえず、父さんがいつもしていることを やってみることにしました。


「はい では、口を大きく開けて」

机の上にあった懐中電灯で、妖精の口の中を照らしました。もしや喉の奥が腫れているかもしれません。それなら喉の消毒液やドロップアメがあります。


「はー、ひほひひいー」   

かぽりと電灯をくわえこんでしまった妖精が、隙間から息を漏らしました。

「えっ、何?」

カイトが聞き返しているうちに、懐中電灯は電池がなくなって消えてしまいました。

「それ、すごく気持ちよかったです」

「ちょっと待ってよ」

 

机の引き出しをのぞくと、奥の方に予備の電池がありました。さっそく入れ替えてつけると、妖精は、また大きく口をはってくわえこみました。

「使い方は変だけど…どう、気持ちいい?」

妖精はにこにことうなずいています。


「あ、まただ」

十秒とたたないうちに、光は弱くなり消えてしまいました。

「少しだけど、力がもどってきたようです」

妖精の体は、先ほどよりも明るく光り始めていました。

カイトは目を見開きました。

「君は、光を飲み込んで力を回復するんだ。でも、いつもそうしているのではないの?」

「いいえ、いつもは光に当たっているだけです。光を口の中に入れるなんて知らなかった。自分のことなのに」

妖精は肩をすぼめて笑いました。


カイトは、さらに机の引き出しの奥や、ロッカーの中を探しましたが、電池は出てきませんでした。

「だめだ。もうないや」

と、振り返ったところで、思わず吹き出していまいました。

なんと妖精は、机の上に乗って、デスクスタンドの電球を口にくわえていたのです。その体は、まぶしいほどに光り始めています。

「行儀は悪いけど、そりゃ、まったくいい方法だよ。思いつかなかった」

言いながら自分の額をパシパシと叩きました。


それから間もなく、妖精はハタハタと羽ばたき始めました。電球から口をはずし、フワリと飛び上がりました。

「もう充分です。これで遠くまで飛べます。あなたはもしや、本当のお医者さんなのでは?」

「はは、そんなことはないよ。それでどうするの。太陽の昇ってくる ずっと東の方にいくの?」

「いいえ。来たところよりもっと西に飛んで行って、朝になる前に 家族や仲間たちに知らせないと。あの湯吹島ゆぶきじまと呼ばれるところに行ってはだめって」

「えっ、君が飛んできた島って」

カイトの頭の中で、バラバラにあったパズルが カチリと合ったようでした。


『島じゅうの人が病気になったという湯吹島。そこには妖精から飛ぶ力を奪う金色の花が咲いていた』

これまで、そんな珍しい花があるなんて聞いたことはありません。人々が病気になったのも、その花のせいに違いありません。


『ああ、父さん!』

いくら医者としての腕は確かでも、そんな得体の知れない花が引き起こした病気に、何ができるのでしょう。父さんまで病気になってしまうに違いません。

胸が張り裂けんばかりに苦しくなってきました。

『あせっちゃだめだ。落ち着いて、落ち着いて』

カイトは、いったん深呼吸してから聞きました


「島の人たちは、どんな様子だった?」

「元気に歩いている人はいませんでした。皆、家の中で苦しそうな息をして寝ていました」

「元気な人、本当に誰もいなかった?」

祈るような気持ちで聞きました。


「そういえば、二人だけ。あちこちの家を歩いてまわっていました」

「その二人の服装は?」 

「白いヒラヒラした服と、オレンジ色のぴったりした服です」

「父さんとヘリコプターの操縦士さんだ。でも、二人とも、もう病気にかかってしまったのでは」

「もし、金色の花が病気の原因なら、大丈夫だと思います。日が沈みかけたら、花は閉じて、香りもなくなっていましたから」

「きっと、タンポポみたいに花が閉じたんだね。でも明日の朝になれば、また花は開いてしまう」

ほっとしたのも束の間でした。カイトはうーんと頭を抱えました。


「わたし、もう行かなくては。光のご馳走、本当にありがとうございました」

光の妖精が、申しわけなさそうに頭を下げました。

「ううん、気にしないで。こちらこそ、お礼を言わなくては。君が来てくれたおかげで、重大なことがわかったんだ」

顔をあげたカイトは、まぶしさに目を細めながら、妖精を玄関まで送っていきました。

「わたしには人間の病気を治す力はありません。でも、できることがあったら必ずします。それでは」

一度、フラッシュライトのように輝いた妖精は、夜空に高く羽ばたき、流れ星のようにきらめきながら、西の方に飛んでいきました。


「光の妖精は光を飲み込んだら元気になった。けど、人間はそうはいかない。朝になれば、また金色の花が咲いて、父さんも操縦士さんも病気になってしまう。どうしたらいい?」

カイトは診察室のイスをぐるぐる回しながら考えました。

でも、よい方法は浮かびませんでした。第一、金色の花なんて、見たことも聞いたこともありません。

もはや、頼るところは一つしかありませんでした。


「母さんに会いにいこう」

カイトは決心しました。


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