第2話 夜に来た客
やがて静かな島の夜がおとずれました。
カイトは、診療所の二階にある自分の部屋で、本を読んでいました。でも、文字ばかりが浮かんで見えるようで、ちっとも物語の世界に入っていけません。
顔をあげて、窓の外を見ました。
通りにある家々は、早々と明かりを消しています。
夕方には人声もしましたが、今は全く聞こえてきません。黄色い満月が東の空に顔を出し、打ち寄せる波のさざめきが、かすかに聞こえてきます。
「なんだかなあ」
壁の時計は、八時を過ぎていました。いつもなら、仕事を終えた父さんと、晩ご飯を食べている時間です。
お腹が減ったわけではないけれど、他にすることもなく、食事にすることにしました。階段を降り、診察室の奧の台所の棚をごそごそと探しました。
「あったあった。父さんは朝の残りのシチューにしろって言っていたけれど、今夜は特別だ」
五つばかり出てきたインスタント食品の箱の一つをつかんで、にこりと笑いました。
いつも食べたがっていたのですが、
「だめだめ、これは台風が来た時の備えなんだ」
と止められていたのです。
一つのパッケージを破って、電子レンジに入れました。
ピッ!
見るまにも、容器の中のチーズが溶けていきます。
…ぐつぐつぐつ…ピッピッピー、熱々のグラタンができあがりました。
さっそく、テーブルについて食べ始めました。
「これ、すごくおいしいよ」
ご機嫌に言いました。でも、聞いてくれる人がいるわけでもなく、言葉は空しく流れていきました。
「父さん、なに食べたんだろう」
寂しさを
食事がすんで、流しでフォークを洗い終わった時でした。
コツコツ コツコツ
診療所のドアが叩かれました。
『こんな時間に患者さん?でも、チャイムを鳴らさないなんて』
島に悪い人などいないことは、わかっていました。でも、用心にこしたことはありません。そうっと窓のカーテンの隙間からのぞきました。
玄関ポーチには誰もいませんでした。
『空耳だったのかな』
首をかしげた横で、また、コツコツ コツコツ…
まちがいありません。誰かがいるのです。
『いったい、だれ?』
今度はじっと目を凝らしました。暗がりに目が慣れたところで、やっとわかりました。
ドアの向こうには、ノブの高さほどの白く淡い光の塊があったのです。
『なにかの精霊…いや、宿り先のものはここにはないから、あれは妖精だ』
そんなものが訪ねてくるなんて 普通では考えられません。もちろん驚きましたが、慌てることはありませんでした。
この世界には、人間の知らないことが山ほどあるのです。カイトは誰よりも、そのことを知っていました。
「ちょっと、待っていて下さい」
ひと声かけたカイトは自分の部屋に駆け上がり、机の引き出しから、大切にしまっているペンダントを取り出しました。
銀色のチェーンに化石のような灰色の二枚貝がついたペンダント…それは、まだ会ったことのないおじいさんが、カイトの誕生の祝いにくれたものでした。
地上では、決して開けてはいけないと言われています。不思議な力を秘めたペンダントで、身に着けると、人間の目には見えないものが見え、話もできるようになるのです。
父さんも同じようなものを持っていますが、それは、せいぜい 海の動物たちの言葉がわかるぐらいの力しかもっていません。
さっそくペンダントを首にかけ、玄関に戻りました。
窓から、再びのぞけば、
『やっぱり』
ポーチには、小さな女の子のような妖精が立っていました。
ちょうど幼稚園生ぐらいの背たけで、銀色の長い髪の下に、白いスモックみたいな服を着ています。
まわりには、先ほど見えた淡い光が、ぼうーとにじみ出ています。肩越しに、背中からのびた羽根が見えています。
「こんな夜にどうしたの?」
ドアを開けて、優しく聞きました。
「わたし、病気になったみたいなんです」
力のない返事でした。
「今、お医者さんはいないけど、もしかしたら、役に立てることがあるかもしれない。それでもいい?」
「もちろんです」
カイトは、ほっと顔をほころばせた妖精を診察室に通しました。
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