花火と共にちりぢりな夏の夜

 夏祭りはダブルデートになった四名様。勝太郎は行きたいっと言ったが流石に一緒には来なかった。


 杏里は赤にトンボ柄の浴衣、天音は白に牡丹の浴衣。

「おーっ紅白や めでたいなあ」

「「…………」」全くめでたそうな顔をしていないのであった。


 美男美女三人と歩く幸太郎だけが完全に浮いている。

 が、誰も気にはしない。


「天音 何したい?花火何時からなんやろ」

「八時からだって まだまだだね」と杏里は幸太郎の手をしっかり握っている。

 対する天音には、ユージがしっかり手を繋いでくる。


「あっベビーカステラ 天音好きだよな」

 といつかと同じような事を言う幸太郎。

「そうなん じゃ買おっ」

 ユージは天音を連れて並ぶ。


 ぐるぐると屋台をまわりながらベビーカステラをまわし食べする四人。

 ふと幸太郎が立ち止まる。

「あっラストだ」と天音の口に入れた。

 その瞬間そこだけ時が止まったかのような気まずい空気が流れたのだった。


 そして、最後のベビーカステラをめぐり溜め込んでいたもを爆発させた人がいた。食べ物の恨みは怖いものだ。


「ふん ん ん もういいよ こうたろう君……私が好きじゃないなら好きじゃないって……はっきり言ってよ」


 驚いた顔二つはピタリと張り付いたように真顔で静止する。

 幸太郎とユージの顔だ。

 その隣で無言の天音はベビーカステラが喉に詰まりそうになる。だが今お茶だとか言える空気ではない。必死に何度も生唾ごっくんを繰り返す。


 杏里はすすり泣いている。


「ご ごめん」

「ごめんの意味がわからない」


「天音、飲み物探しに行こか」

「あ、うん」




 天音とユージが去り、幸太郎と杏里は川沿いに座る。

 泣く杏里の背中をさする幸太郎。


「ごめん……やっぱり俺 彼氏らしくないよな」

「…………天音が好きなんでしょ」

「え」

「ずっと分かってた。分かってたけど……なのに寂しくて寂しくて」

「杏里……ごめん」

「ごめんばっかりやめてよ。私だって不安だからって何人も他で彼氏作ったんだから……」

「えっ」

「だから、私達カップル失格 彼氏彼女なんかじゃないよ 全然 違うよ こんなの……」

「……うん 中途半端な気持ちで付き合って悪かった」


 中途半端なハートでかれこれ半年は経過したのはなかなかの強者である。


 思いをブチかました杏里はふーっと息を吐いた。


「ふっ なんかスッキリした。」

「え」

「こうたろう君もスッキリしたでしょ?」

「…………」


 杏里の切り替えの速さには脱帽である。きっとこの先沢山の彼氏を作るのであろう。




 お茶を買い川沿いに戻って来た天音とユージ。

 何やら笑いながら話す幸太郎と杏里を見て、仲直りしたと勘違いするのであった。


 その時 パーンっと花火が上がる。


「わあっ」と声を上げて見上げる天音、それを隣で見るユージ。

「天音は……ほんまに可愛いな ほんまに……」

「ん?」

 思わず天音をぎゅっと抱きしめたユージ。さらにキスをしようと顔を近づけた。


 バチンッ

「いってーっ」

 ユージの頬を思いっきり平手打ちした天音を、振り返っていた幸太郎と杏里は不思議そうに眺める。


 結局四人並んで花火を見上げる。

「たまや~たまや~」「うるさい ユージ」

「それ何?」「え 知らんの?言わんの?」




 帰り道 駅は帰る人で長蛇の列。

 四人は途中まで歩くことにした。


「で、二人は仲直りしたんやろ?」

「…………」

「え?どうしたん」

「私達 別れた。別れてスッキリした。ね!こうたろう君」

「ああ、うん」

「えーっ」


「ねっなんでさっき天音ビンタしたの?」

「あ、それは……」

「俺らはそもそも付き合ってないから な?」

「……うん」

「えーっ!!」


 全部種明かしとなった夜である。


「俺はマジぼれやで。天音は付き合ってるフリしてくれただけ」

「なんで わざわざ?」

「さあ なんか色々めんどくさい奴に言い寄られたからちゃう?!俺はニセ彼氏には合格ってわけ。」


 驚きのあまり幸太郎は言葉を失い三人から数歩遅れていた。


「天音っそれいつまでやるの?偽カップル」

「ああ それはもう……」

「まだまだやるよっ。ほんまに好きな人出来るまでやな!それが俺になってくれるように頑張るで!」

「すごいね。ユージ君のガッツ」


 偽カップル宣言したものの、ユージは全く天音をリリースする気はないようだ。繋いだ手も離さない。


 そんな事実と光景と杏里との別れをほぼ同時に体感し幸太郎は未知の領域に達していた。

 傍から見れば遅れ気味に歩く、いやたった一人で歩く人だ。


 幸太郎と天音の駅まで戻った四人。

「送るよ 遅いから」と幸太郎は杏里を送る。

「じゃあねー」


「俺も送るで」

「いいよ」

「あかん!夜道やし浴衣やし」


「で、どう?」

「え」

「いざあの二人が別れました、俺が偽カップルやってゲロりました。さあどうする?天音」

「……なんで……ユージの意地悪」

「俺はいつまでも偽カップルしてていいねんで。」

「偽カップル、止めようって言ったら?言い出したの私だけど」

「まあ 告ったんは俺やけど。止めたいなら止める。その代わりストーカーなるからあんまり変わらんで」

「ははは」

「まあ、考えといて。俺はどんだけ利用されようがどんだけコケにされようがウェルカムやから。」


 ユージはかなりタフなのだろうか、または逆境に燃える愉快なM気質かもしれない。


「あのさ、あいつのこと……幸太郎のこと好きなん?まだ」

「……いや 分からない」


 本当にわからないのだ。言えない事情だらけで、今まさに自己の中で整理していたらユージが邪魔ばかりするのだ。


「ちなみに、偽カップル止める、そして本カップルなりますってのは、キチガイかってくらいに喜ぶから。よろしくっじゃあな」


「……じゃあね 送ってくれてありがと」

「おー」

 走り去るユージは後ろ姿からでも、イケメンオーラが放たれている。その姿を消えるまで見送る天音であった。

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