斉木天音の人生

目覚めの朝

 リンリンリンリン 目覚ましの音

 ガバッと起き上がる天音。見渡せばそこは自分の部屋。

 クーラーが付いている。夏だ。

 そうだ、そうである。転生の始まりはこうでなくては。


 すぐさま、自分の頭から顔を撫でた天音、体も手探りしてみる。

「…………ん?」


 何か疑問にでも思ったのだろうか。

 部屋の姿見に全身を映す。そこには一回目の付添人の天音と変わらぬスリムな自分、顔もそのまま、しかし気になったのは……それは横を向いて再度確認された。


 推定Eカップの胸であった。

 管理人からのささやかなギフトである。


「おねーちゃん!おねーちゃん!」

 起こすしか出番のない朱音 妹である。


「起きてる?もう遅刻するよ。大丈夫?もう一日休んだら?」

「えっ何時?!やばっ。」


 天音は体調を崩し二週間入院し、二週間自宅療養をしていたらしい。体調不良の原因は過度なダイエット。


 天音は早業で準備し全速力で駅を目指す、おっぱいをたゆんたゆんさせ走り抜ける美少女に行き交う男性陣が二度見するのは仕方がない。

 そこにはぽっちゃりなんて無縁な姿があった。


 電車の窓に映る自分を見ながら真顔で考え込む天音。

 友達杏里の彼氏となった幸太郎、ニセ彼氏になったユージ。そして自分は巨乳美少女ではないか。

 身の振り方を考えているのである。

 ぽっちゃりで付添人の為色々と遠慮し、猫をかぶり、控えめに生きていた自分をリセットする決意に至った。

 わずか二駅の間にだ。


 三年一組の教室に飛び込んだ天音に、一斉に生徒が注目する。

 天音も「あれ……違う」

 完全に間違えましたである。

 三年二組に行かなければならなかったのに、ここでチャイムが鳴った。



 目の前に立つのは船越学級委員 三年一組でも学級委員を努めている。

 サラサラ黒髪おかっぱをしゃらんとひとふりし

「斉木天音さん 遅刻 しかも隣です」

「あーっ。あれ?!船越さん元気でしたか」

「……はい。あなたは大丈夫ですか」

「はい すいません。失礼しました」


「天音 遅刻だよーんっ。まあ六十秒弱だから許す」


 寛大な村上先生である。いや、適当なのである。


「体調はもうオッケー?ゲッソリしたんじゃないか」

「はあ、大丈夫です……」


 どうやら天音は体調を崩して休んでいたその間に痩せたということである。おっぱいだけは残してだ。なんともナイスな状態である。



 ニセ彼氏ユージがパーフェクトスマイルを向けている。

 天音は素知らぬ顔で席についた。


 授業が始まるとすぐに天音は自身の頭脳は人並みだと痛感した。決して学年上位など無縁であろうと。理解度はぽわんとしていた。気がつけば口が開いてしまうくらいである。

 席は窓際後ろだが次のテストでかわってしまうであろう。




 昼休み



 天音はあれだけドタバタで登校した。よって弁当など持ってきている訳が無かったのだ。

 かばんをゴソゴソする天音、財布を探している。しかし財布も無いようである。

 ふと、かばんの内ポケットに百円玉や十円玉が入っていたのだ。


 ぬくっと立ち上がり天音は食堂を目指すことにした。


 目に飛び込んだ値段一覧表。一番安いのは梅おにぎり百五十円

 天音の小銭は合計百二十五円であった。塩むすびで良いから二十五円まけては頂けないものか。その華奢な背中はしょんぼりしている。朝ご飯も食べずに来たのだ。


「ほれ」

 と、天音の百二十五円とにらめっこしている手のひらにサバ定食と書かれた半券が乗った。

 その半券は、幸太郎から乗せられたものである。


「……こーちゃん」

「やっぱり その顔はこんなことかと思った。大丈夫か?体は。座るぞ」

「あ 明日返すから」

 と鋭い目つきで真顔で返事を返す素っ気ない天音が気になる幸太郎。


「いいよ。ちゃんと食べないと」

「そんなっ、お金は大事。返すから」

「じゃお金じゃなくていい」

「体で払えと?」


 プジャーっ

 幸太郎からお茶が噴射されたのである。

 深い意味は無かったのだ。ただの優しい男、天音のまさかの返しに童貞は動揺したのだった。



 とはいえ、やっぱり幸太郎を見つめる天音の表情は愛らしい恋する乙女の目。ちょっと気を抜けばそうなってしまう。だからこそ天音は自分の感情に蓋をしているのだった。


 並んだ二つのサバ定食。

「いただきますっ」

「あれ?こーちゃん、弁当は?」

「ああ 最近あったりなかったりだからさ。無い日は食堂」

「…………」


 やっぱり食べるのが遅い天音のサバ定食を向かいから幸太郎がつつく。

 どうせつつくなら、一つは唐揚げ定食あたりが良かったのではないだろうか。

「ちょっと!」

「天音は食べるの遅いから。」

「ひどいっそのピンクの漬物好きだったのに。」

 と言い幸太郎の口に、煮物風のゼンマイを次から次へ突っ込む。

「これはパスだからっ。ミミズみたいだし ひっ」

 幸太郎はニヤけながら食べさせてもらっている。口の中は茶色一色だ。やっぱり幼馴染二人は傍から見ればじゃれている。


「天音!ここにいたんっ。探したっちゅーに」

 ニセ彼氏は任務を遂行する。目の前にいる幼馴染ことパッとしない男に天音の気を惹かせないためだ。

「弁当忘れたん?金も忘れたんちゃうん?」

「ああ……うん」

「はい。これ、返す」

 とサバ定食代を幸太郎に耳を揃えて即返金したのだった。


「今度からは俺に言いや」と天音の唇の隅についた何かを拭った。

「それから、ゼンマイは俺が食べるから」


「うーお腹いっぱい……はあ」

 そのため息は満腹からではなく、今となってはどう対処すれば良いかわからないニセ彼氏が原因である。

 目の前の幸太郎は、初老のように目を細めお茶を唆る。




 放課後



「今日はひとりで帰るっ」

「え なんでー。病み上がりやし送るって」

「大丈夫だから。もうみんな帰ったし。わざわざカップルのフリしなくていいよ」


 掃除当番を終えた天音は一人で学校を後にした。

 置いてけぼりのニセ彼氏の心情はもどかしい。ニセとはいえ、直に本カレに昇格する気満々である。

 だがあんな美少女に変わり果てた天音を本カノにするハードルの高さに心が折れそうである。

「なんであんな陰キャ好きなんやろ……」

 不服である。


 天音は考え事をしながらゆっくりと歩く、脂肪燃焼ウォーキングは引退したようだ。ふと後ろから手を掴まれる。


「結局付いてきたの?」と振り返る天音。ユージだと思いこんだがそこに立つのは見知らぬ男性。


「……なんですか」

「可愛いね」

 その男は天音のEカップを凝視する。

 今こそ股間を蹴って逃げるべきである。


「怖がらなくていいよ。写真取るだけだから」

「…………」


 すると勢いよく走ってきて天音の前に回り込んだ男

「おっさん キモいな 何すんねん この腕折ったろか」

「…………」


 ユージの登場にすぐ退散したおっさんであった。


「やっぱあかんで。天音は一人で歩かされへん」

「べつに、やめてって言えばやめたよ、あの人」

「なにゆーとん!めちゃめちゃ困ってたやん」

「……ん ありがと。はあ たまには一人で帰りたかったなあ」

「はあ?そんなに俺ウザい?」

「……ウザい」

「……ショック もう歩けんくなったわあ」


 と道の真ん中で座り込むユージ。歩きたく無いと駄々をこねる幼児と同じである。

 天音はちら見したが、そのまま歩き続ける。


「えっシカト?」

 立ち上がりダッシュするユージは天音に追いつき、

「もーっ天音!冷たいわ。俺があのまま車に轢かれたらどうする?なあ!聞いてる?」

「聞いてない」

「あのさ、私ってぽっちゃり……ていうか太ってた?」

「ちょっとな。今はぽっちゃりはそこだけや」と胸を見るユージにパシッと一発天音の一撃が入る。

「いたーっもおっ」

「もっと食べなあかんわ。ぽっちゃりくらいが可愛いで」

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