記憶のインプット

 その頃天音がいた世界では時間が進んでいる。

 七夕の日、幸太郎と杏里、勝太郎はあの初詣に行った神社で行われる祭に来ていた。

 もちろん全員に天音に関する記憶は無い。抹消されているのだ。


「お賽銭しなきゃね」

「おう そうだな」

 賽銭箱にじゃらんとお金を入れて手を合わせたあと幸太郎はふらっと絵馬を見る。

 受験生だ、自分達も書こうかなんて思いながら吊るされた絵馬を眺める。ふと隅っこにかかった自分の名前が目に入る。


『水木 幸太郎が幸せになりますように 天』


 首を傾げる幸太郎。

「てん……あま……」

 そう呟きながらも、何か大切なものを忘れている気がするのであった。

「……誰だろう 天使?」


 管理人の消し忘れか、置土産であろう。





 あちらの世界の天音は質問を開始する。



「もし、斉木天音としてやり直すなら今まで付添人として過ごした日々はどうなりますか?それってパラレルワールド的なものですか?」


「いえ。パラレルワールドではないです。一つしかありません。続きから戻るのです。関わった人々のあなたに関する記憶は消されましたが、あなたが戻ると共に再び記憶も戻ります。」


「え じゃデブ あ 太った私の記憶ですか」


「ははは。あのぼっちゃりは、やり過ぎでしたね。苦労したでしょう。大きくは変えられませんが、前世消したお詫びに少しはサービスします。能力や性格は全て、あなたの魂が本来備えているものに添うでしょう。」


「はあ」


「で、決めましたか?斉木天音として生きたい……ように見えますが」


「……はい。」

「では、目標は?」

「…………」


「そうですよね。付添人としてしか記憶がないあなたに、自分の人生の目標は難しいですね。好きにどうぞ。あ!もう付添人では無いのですから、水木幸太郎に気を使う必要も、助ける必要もありませんよ。」


「はい」


「やり直しは効きませんから、気をつけて思う存分生きてください!今回は自分の人生ですよ。はいっ。いってらっしゃーい。しばらく眠っているような状態であなたに斉木天音の幼少期からの記憶が細かに備えられます。気にせず映画を見る感覚でいいので見ていてください。」


「あ はい」


 管理人に言われその場で座り目を閉じた天音。


 すると長い真っ暗なトンネルをくぐる。息苦しく感じる。

 ふと視界がぱっと明るくなり幼稚園児の女の子の背後に立つ自分。その子の中にグイッと入り込む感覚がした。


「はいっ次こーちゃんお父さんね」

「ただいまーふー今日も忙しかったよ」

「お帰りなさい はいっごはんどうぞ」

 幸太郎と天音は公園の砂場でおままごとをしている。


「痛っ」

 ボール遊びで砂場に入ったボールを蹴った勝太郎が砂も蹴り上げ天音の目に入ったようだ。


「大丈夫?天音 見せて」

 優しく幸太郎が天音の目を覗き込む。やっぱり目は細いが丸い顔で愛らしい幸太郎である。


 小学校でも天音と水木ツインズはいつも一緒。

「あっ給食エプロン忘れたっ。私戻る」

「急いだら危ないって 俺とってくるよっ」猛ダッシュで走り去る幸太郎。

 チャイムぎりぎりで戻って来たのだった。


 ありとあらゆるシーンで幸太郎の優しさばかりが印象的である。


 中学に入った頃から思春期により天音は徐々に脂肪を蓄えだす。自宅でもごはんを丼鉢で食べていた。

 天音はやっぱり白豚は事実として歴史に残るのかとショックであった。


 走馬灯のようにどんどん進む怒涛の記憶インプット。

 高校時代に突入する頃には幸太郎や勝太郎にこれまで以上に親近感を抱いていた。

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