バレンタイン

「天音!昼めしー!」

「いや、だから要らないって。お金かかるでしょっ」

「晩飯と朝飯の残り野菜使ってるし、大丈夫だけど?要らないならいいよ」

「うん、ごめん。ありがとう。今日のは食べる」


 天音は勝太郎が万が一自分に好意をもっても、幸太郎が目標達成したら記憶から天音は消える。

 せっかくの青春、他に使って貰わなければと考えるのであった。


 そして、今日は何故か食堂へ行く幸太郎。

 杏里が弁当作ってこなかったのだろうか。それならば明日は弁当無しの事前通達がほしいものだ。


 お手洗いのついでに天音は杏里を探した。

 普通に教室で食べていた。天音は杏里の隣の椅子を使い座る。


「別々?お昼」

「あ、今日はね。ちょっとお弁当大変で」

「ふうん。杏里さ、こーちゃんの事、好き?」

「え?」

「本当に好きだから付き合ってるんだよね」

「うん…………でも」

「……でも?」

「なんていうか……物足りないというか、彼女として見てくれてるのか……」

「…………」


 これは、もしかしたら幸太郎の愛情不足?愛情表現不足により脱線したのだろうか。

 なんとなく、痛々しいものを察知し天音は自分の教室へと戻った。


 この浮気女めー!!と叫び散らすにはあまりに弱々しい杏里の表情に気をもんだのだ。

 腹が立つほど、か弱さをかもし出され、ぽっちゃりが強く言えばきっと悪者はぽっちゃりサイドになる。

 とはいえ一股もかけられない者からすれば、二股はけしからん。


 一回目の付添人 男の娘 天音であればガツンと言ったのではないだろうか。


 ふと、教室に広がるクラスメイトの話が耳に入る。


「みんな友チョコオンリー?買う?いくらくらいで」

「大量に入ったチョコ買ってさラッピングだけしようかな。」

「それいーね」


 バレンタインがすぐそこまでやって来ていた。

 チョコレート業界の戦略週間かのようにスーパーに特設コーナーが現れる。



 ☆☆☆


 バレンタインデー


 女子達が配りまわる。天音は不動明王の如く動かずただ険しい表情であった。


 放課後カップルはこんな日なら一緒に下校するものである。しかしあろう事か、幸太郎の隣を歩くのは天音だ。

 勝太郎はというと、それなりにモテる為放課後、チョコをもらう作業に追われ下校出来ずにいた。


「こーちゃん バイト?」

「今日はない」

「ふうん」

 デートは?杏里は?と聞きたいが聞けないのである。


「あのさ、付き合うってさ何したら良いんだろな」

「…………は?」


 まさか、この男やっぱり何もしていないのか。

 と、まだ何か話したげな幸太郎はコンビニで何か買おうと天音を連れて入るもスマホが鳴ったようで画面を見ている。


「あ、杏里?」

「あ、うん」

「行きな〜」

「ちょっと待ってて。ここで」

「はい?」




 しばらくして、本当に幸太郎はコンビニに戻って来た。杏里は手作りチョコだけ渡しただけだったようだ。幸太郎は小さな紙袋ひとつを持っている。


 しかし、コンビニには天音の姿は無かった。

 幸太郎はぐるぐると店内をまわり、入り込むはずの無いATM裏の隙間までチェックする。

 その不審な男にピンときたのは店員さんだ。

 天音から、目の細いボケっとした男子高校生という説明を受けていたからである。


「あの すいません みずき こうたろうさんですか?」

「え?あ はい」

 話しかけたのはコンビニ店員のお姉さん。


「これ さいき あまねさんから預かりました」

「はい?」


 コンビニの袋を渡される。

 中には市販のバレンタインチョコである。

 すぐ幸太郎が立つ横に陳列された『オリジナル ここでしか買えない限定チョコ』

 550円と330円バージョンが並ぶ。

 幸太郎の袋には、青い包みの330円バージョンが入っていた。


「あの念の為こちらに受け取りサインをお願いします」

「あ、はい」


 渡す側貰う側、共に感動の無い感じのバレンタイン。しかしこれが、天音の精一杯のバレンタインであった。



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