バイトと勉学

「ねっ。キュンとするかやってみていい?」と杏里の頭を撫で撫でしたのは天音である。

「何してるの?キュン?はあ?」

「しないよね……」

「じゃさ、ぎゅっとしていい?」

「別にいいけど。大丈夫?天音」

「だいじょぶだいじょぶ」


 杏里をぎゅっとする天音。美少女二人の抱擁にときめいたのはたまたま目撃した男子のみであった。

「あれ……」天音は特に何も感じなかったような素振りを見せる、天音はもう男でも女でもないのだろうか。




 キーンコーンカーンコーン



 授業が終わりホームルームの始まる頃

 一瞬静かになった教室に良からぬ音が響いたのだ。


 ぷ――――――ぅ


 誰かのおならであった。本人の意志を無視したかのごとく高音かつ長音の出所は、幸太郎の前の席の女子だと天音は確信する。


「だれだよーっ」「ぎゃはははははははっ」

 十代には面白いであろう。

 だが、音の出所の女子は赤面し下を向いている。そのまま犯人探しなどせず時が過ぎればいいものだ。

 が、そうは問屋が卸さない。


「その辺からしたよなっ音」「おまえかっ」「違うしっそんな俺ケツゆるくねーわ」「じゃ幸太郎かよ」


「はは 無臭だから勘弁して」と笑う幸太郎だった。

「おまえ公共の場だぞ」

 事態は無事収束した。

「こーちゃんは何でも屋かよ」と天音は小さく呟いた。




 放課後、天音は最寄り駅のファミレスに居た。隅の席で問題集を開く。

「なんで、わざわざここでするんだ」と声をかけたのはストライプのシャツに黒いエプロンの店員。

 アルバイトの幸太郎である。


「いいでしょ」


 そこへやって来たのは双子の片割れだ。


「天音!お待たせ」「別に待ってない」


 二人は勉強するのである。出来の悪そうな二人の勉強会はやってます感を演出するのみで大して身についてはいないだろう。しかしやらないよりはましである。


「ね、しょーたろはバイトしないの?」

「なんで?」

「こーちゃんはバイト代どうしてると思う?」

「え、母ちゃんに渡してる」

「あんたもちょっとは働け。あっもしや!大学行くつもり!?」

「なんで、行っちゃ駄目?」

「私立?」

「ああ」

「国公立にして。落ちたら行くな」

「絶対落ちるじゃん」

「じゃ、こーちゃんも受験していい大学受かった方だけが進学する。どう?」

「じゃあさ、もし俺大学行けなかったら?高校でたら働けってこと?」

「そうだね。行きたきゃ働いてから行くか、奨学金で自分で返す!」



 天音は幸太郎に大学進学をして欲しい。こんなちゃらんぽらんを簡単に行かせるわけには行かないのだ。

 この会話が、ちゃらんぽらんのやる気スイッチをポチッと押したことなど、天音には分からなかったのでもある。


 ドリンクバーのメロンソーダをグイッと飲み干した勝太郎が話を変える。


「前からギモンなんだけどさっ。」

「なにが?」

「なんで、俺にキツイの?こうにはあんな優しいくせに」

「そらキャラ違いってやつよ」

「は?」

「なっ。しょーたろっ。ポテトたのもっ」


「すいませんっ」

「はい ご注文でしょうか」

「あ、フライドポテトひとつ。高校生ですか?え 何校?」

「え?僕?.......はい。いや」

「ちょっしょーたろ 質問しすぎ。すいません」

「あっ俺は水木の弟。兄貴をよろしく」

「あ、はい。ポテトひとつかしこまりました」


 と恥ずかしそうにバイト君は立ち去った。


「なあ!天音っ。今のバイト君、おまえのファンだな」

「ファン?」

「鈍感だよな。自覚なしかよ。天音は可愛すぎるんだって」

「え そうかな」


 たしかに告られたり男子と目が合う率は極めて高い。幸太郎に気を取られてかまっていないが、わざわざ美少女にされたのも困ったものであった。

 顔面より頭の偏差値を上げてほしかったのである。



 その晩から勝太郎はオンラインゲームのアカウントも抹消し勉学に励むのであった。

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