水木家にお邪魔する

 日曜日は水木家に来客があった。普通なら余所行きになる水木母さんも、常連客相手なら気を使わない。

 部屋着と思われるどこで買ったのか聞きたいくらいの花柄ズボン、ヨレヨレのエプロンにはカピカピの米粒もおまけでついている。


「でさあ 幸太郎はいっつも言ってたわ、『母ちゃんはこうちゃんが守るから、母ちゃんが死ぬまで一緒にいるから』ってね。可愛かったのよ。」


 いつ頃かの話を懐かしそうに煎餅ボリボリしながら話す水木母さんの前でちょこんと正座した天音は

「ぞんなごどをー幸ちゃんがあ はあ ごうちゃんがー。可愛いでずよね。男の子ってほんどーに」と泣きじやくる。


「ちょっとどうしたんだいこの子は。あんた!幸太郎っ天音ちゃんがほら」


 天音は幸太郎が苦労し家族のために精一杯働き、母さんが死ぬより遥かに先に旅立ってしまった前世を思い涙が止まらないのだ。


「なにっ。天音どうした。」

「ひっいや こーちゃんのお母さんがいい話したから……」

「はあ そんな感動したのかい 天音ちゃんはいい子だね〜あんたっ嫁にするならこういう子だよ」


「あっおばさん それはダメ!」

「え?」


 幸太郎としてはダメだと即否定されるのは残念である。

 そこへ二階から降りてきた勝太郎も参加する。


「あれっ天音、今日何しに来たー?」

「あんた!兄ちゃんも母ちゃんも大事にするんだよ!わかったか、弟よ」

「はあ?天音の弟じゃないし 俺」


「そうだ、ちょうど良かった。ふたりそこに座って」

 と幸太郎と勝太郎は並んで座る。それを凝視する天音。


 遺伝子は同じはずの一卵性双生児。なぜにこうもニュアンスが異なるのか。

 たしかに二重の勝太郎、一重の幸太郎。

 だが、その他の違いは顔ではない。髪型、表情、話し方、仕草といった後天的なものであるのかもしれない。


 二人の顔を間近で見比べる天音

「やべっやっぱ天音可愛いいわ」と勝太郎は天音の頭をポンポンした。

「これよ これ。こうゆうのが、女子をキュンっとさせるんだ」

 冷静に分析した天音に幸太郎もまた質問する。

「今、天音はキュンとしたのか」

「するわけない。しょーたろだよっ」

「おいっひどいな。俺これでもモテるぜ」

「「知ってる」」


 さらに天音は何かに気づく。


「分かった!!!髪だ」

「「はあ?」」


 そして我が道をゆく天音はそのまま二人を連れ美容室へ。

「あのお、こっちを、こっちよりかっこいいヘアスタイルにしてくださいっ。女ウケするやつに」


 とてもじゃないが、頭が良い人間のオーダーの仕方とは言えない。が、美容師のお兄さんは苦笑いしつつも受けてくれた。


「たいくつ。帰っていい?」「いーよ」

 勝太郎は退散する。オンラインゲームのチャット中で放置しているのが気になって仕方がないのであった。


 そして、ヘアスタイルを変えた幸太郎をみた天音の第一声

「わあ お兄さんカリスマっすね!」

 なかなかの仕上がりであった。


 店屋が並ぶとおりで足取りが重くなる天音は右手のコンビニを見て呟く「のど乾いた」

「お、ジュース買おう」

 レジでさっと小銭を出す幸太郎の手を押し戻し、天音は500円玉をパチリとカウンターに置く。

「容易く女におごるな!」「え?」


 結果的に天音がおごった事となったジュースを持ち二人は公園に寄り道する。

「開ける かして」

 ペットボトルのキャップ開けられない程度の天音の握力はまさに女子である。もう二度と喧嘩上等の精神で不良に挑もうなどとしないで頂きたい。


「ありがとう。ねっこーちゃん、私をキュンとさせてみて」

「えー?」

「嫌?」

 どこにキュンとさせて見ろと言われ、させられる男がいるだろうか。ドンペリシャンパンタワーを建てるその道のプロを連れてくるしかないのではないか。


「…………」


 困った幸太郎はさあどうするか。

 それでもなんとか期待に応えようとする優しい男である。

 彼は天音の頭を子供にするように撫でて

「今日はありがとな」と滅多にすすんでは振りまかない笑顔をみせたのだ。


「…………」

 すごーいっやれば出来んじゃん!などが飛び出すはずの天音はまさかの、無言であった。

 あまりの完成度に驚いたのか、はたまたキュンとしたのか。あれ、男の娘では無いのか。


「······うん なかなかいいのではないでしょうか」

「あ ありがとう」


 しばらく目を閉じ、自分にはわからないキュンとやらを客観的に分析していただけのようである。


 ただ、目を閉じいつものおしゃべりをしない天音を見ていた幸太郎がドキッとしたのは男子なら自然なことである。天音は幼馴染達にとって、黙っていれば可愛い女の子なのだ。

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