屋上でのひと騒ぎ

「……な」

「うーん 何でかな、ちょっと失礼っ」

 さっきから前髪を上げてみたり下げてみたり、瞼をぐいっと上に押し上げられたり。いくら幼馴染で見慣れた顔とはいえ、学年一の美少女が自分の顔をいじり倒せば心穏やかではないのである。


「こーちゃんっ」「はい」

「美意識はある?」「……美意識?美しいものは嫌いじゃないな」

「いや、自分よ!かっこよくなりたいとかさ、もしくはそうだなあ、こうなりたいみたいな、理想」


「ん……ヒーロー」

「え」


 この男、前世の終わりはヒーローの如く子供を救ったのだが、死んでしまっては意味がない。

 やはり生まれ持って人助けに喜びを感じるのだろうか。

 幼い頃戦隊ヒーローに影響を受けすぎたのかもしれない。


「こーちゃん何色が好き?ほらっ、戦隊ヒーローであるじゃん。レッド ブルー イエロー グリーン ピンクって。私はもちろんっレ あ、やっぱピンクかな」


「ああ、レッドかな」


 そうだ、戦隊ヒーローなら誰しもがレッドに憧れる確率は高い。幼い頃なりきってごっこ遊びもしただろう。だが、幸太郎はもっぱら悪役担当であった。

『こうは怪獣ね!』毎回勝太郎が正義のヒーロー役を独占していたからだ。


「レッド!出ましたレッド!主役!よしっ。こーちゃん主役になれ。」


「どういう意味?」


 何故かテンションあげあげではしゃぐ天音は何か考えついたのかさらに続ける。


「主役は、やっぱりイケてなきゃ。ダンスだ!ダンス!」

「はい?なんでイケてるのがダンスで主役……」

「いいから!行くよ屋上」


 天音は幸太郎を連れ屋上へ。


 階段を上り、その扉を開けた先


 ドンドンドンと洋楽が流れ、ステップを踏む生徒達。

 ダンス部ならぬダンスサークルだ。主に動画サイトで活躍する高校生ダンサー達。うるさいと怒られるため不定期に屋上で開催されていた。

 その音に無意識に頭が上下する天音をよそに、幸太郎の視線はそのダンスサークルからは外れていた。


「ちょっと こーちゃん」

「あ」


 と二人が向かった屋上の片隅どころか端っこだ。ぎりぎりに立つのは同じ学年の田中さんであった。きっと何かを思いつめてそこに立つ彼女に語りかけたのは天音だ。


「ちょっと、早まるんじゃない。何があった?!まずは教えてよ ねっ」


 ふらつきながら絞り出したか細い声が囁く


「あ あなた誰?」


 振り向くに振り向けるような状況ではない。ぎりぎりに立つ彼女は屋上に背を向けたままである。


「あ わ 斉木 天音」


「……ああ、あの斉木さん。あなたに話したところで分からない。ほっといて。あなたは今見なかった。私を見なかった……」


「いや、見ちゃったし……」


「田中さん 今から何するつもりだ」


「……誰?」


「水木だ。双子のイケてないほうだ」

「あ」


「ちょっとこっちを向いて」

「止めないで。見ないで。あっち行って!」

「いや 見てる」

「見ないで、見られてると無理だから」

「じゃ見てる」

「……じゃ飛ぶから」

「じゃ見てるから」

 と言われ振りむこうとしたのか田中さんは足を動かした拍子にバランスを崩した。

 そこをいつの間にか背後にいた幸太郎はキャッチしたのだ。


 幸太郎の胸で泣きじゃくる田中さん。


 それを少し離れた所で見守る天音。

 不器用な幸太郎のただ見てるという言葉で、救った彼女をただ見守った。

 天音はそっと立ち去ることにした。


 しかしなかなか幸太郎が教室に戻ってこない。

 再び屋上へ出向いた天音には驚く光景が飛び込んできた。


「すいません 何でもないです」

「いやだから、なんでその子泣いてんの?」

「変なこととかしてないよねー?」


 ああ、何かしらの誤解を招いたらしい。天音は立ち去るべきでは無かったのだ。

 まさか飛び降りようとしていたなんて言えず幸太郎は田中さんをかばっているのだろう。


 イケメン揃いのダンサー達に勘違いされたまま、なんとか騒ぎは収まったようだが

「はあ……」と溜め息を大きく落としたのは天音であった。


 例えばあれが勝太郎なら告ってきた女子を振ったら泣かれたとかいう解釈をされるだろう。

 すべては、やはりイケてないのが難である。 



 双子のイケてないほうだなんて、フレーズは自虐的自己紹介すぎる。天音は幸太郎を少しは垢抜けさせたいのであった。なんなら田中さんもついでにイメチェンさせたいくらいである。




「大丈夫だった?田中さん」

「ああ うん。たぶん」

「そっか。よく止めたね こーちゃん」

「一か八かだったな。あれは怖かった」

「ふうん 嬉しそうだね」

「あ、ダンス」

「今日はいーよ。こーちゃんにはダンスより大事な使命があるみたいだし。でも、ちょっとはイケたほうがいいよ。」

「そんなことしてなんか変わるかな」

「変わる変わる。もしかしたら来月あたり人生バラ色かもしれんよっ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る