思い出のラーメン

あきかん

 

 最近流行りの塩スープに揚げた小エビをまぶす、所謂エビ塩ラーメンは私には合わなかった。

 どこか気取った味がする。もしくは、インスタ映えを狙ったであろう皿や盛り付けに凝った物からも、私をどこか拒絶しているように感じてしまう。

 私はラーメンが好きだと思っていた。ラーメン評論家が進めるラーメン店に行っては苦杯を舐める日々だ。

 これではない。私が愛してやまなかったあのラーメンの味は、決してこのようなお洒落な味はしていなかった。


 昔、通った中華屋のラーメンが懐かしい。足蹴よく通ったその店は、ラーメン通なら知る人ぞ知る名店であった。

 と言ってもその店に通う常連客はラーメンばかりを頼むわけではない。メニューが豊富なその店では定食もまた豊富であった。その中で気に入ったメニューを選び、連れと談笑しながら昼を過ごすのがその店の日常風景であった。ラーメンだけでは無い、料理店としての器の広さを持ち合わせていたのだ。

 しかしながら、私はしつこいぐらいラーメン、ラーメン炒飯セット、ラーメン餃子セットのみを頼み続けた。その理由は簡単だ。手頃な値段で腹を満たすのにそれが一番安かったのだ。

 私は週に2回はその店に通った。歩いて十分以上あるその店に行くのが、当時の唯一の楽しみであったと言ってよい。勉強で疲れた時。馬鹿にされて腹が立った時。嫌な事から逃げ出した時。そんな時には、決まってこの店に訪れた。

 あの店に向かう時は、決まって浮足立ち、あのラーメンの味を思い出しては脚運びも自然と速くなった。

 醤油ベースのストレート麺。それがあの店のラーメンだった。中華のベースとなるスープに醤油と化学調味料で味付けされたそれは、醤油の匂いに隠れて仄かに薫る中華スープの風味はどこか上品な感じがした。もしくは、職人の粋に近いものであろう。だからだろうか。何度食べたかわからないこのラーメンのスープを残した事は1度もない。

 風邪気味の時でさえこの店に通った。もしかしたら熱があったかもしれないし、本格的に風邪をひいていた時もあっただろう。その当時は、あの店であのラーメンさえ食べられれば、自然と良い方向へ行くのだと思っていた。ラーメンを頼み、頂きますと頭を垂れて、ご馳走さまでした、と店を出る。それだけで胸の奥から熱を帯び、少し前向きに生きられる気がしたのだ。


 私は、常連客と言ってよかったのかもしれない。ただ、ひどく無愛想な客だったと思う。注文とご馳走さましか言わずに立ち去る客だ。開店間近の時間に来ては、決まって1人カウンターに座り、黙々とラーメンを食べて立ち去るのみ。

 あぁ美味しいな。と心の中ではしみじみとラーメンの味に感動しながら麺を啜っていた。ストレートの細麺は軽く噛むだけでするすると喉を通って行く。鶏ガラや生姜などの薬味の香りが鼻を抜ける。それは何とも言えない、私だけの幸福な時間だった。

 ご馳走さま、と店主や配膳をしている奥さん等に言って頭を下げる。客が少ないこの時間帯だからだろう。店員達も軽く会釈をしてくれた。扉を開けて暖簾を潜る。あの懐かしい風景は、今はもう思い出の中にしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出のラーメン あきかん @Gomibako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る