⑤励ましと本心?
「……はぁ。結局、私は何も出来なかったのね」
「いえ」
「え?」
「……」
――お嬢様は前世の記憶が混同しているせいもあるのか、たまに自分が『公爵令嬢』という立場が理解しきれていないところがある様ですね。
この世界で王族を除けば、貴族の中で一番位が高いのは『公爵』だ。
しかも、今回アリシアに言い寄ったステファニーを含む令嬢たちの中に『公爵令嬢』は実はいなかった。
――それを踏まえて考えても、本来であればお嬢様に媚びを売る事はあってもケンカを売るなんて馬鹿な真似はしないはずなのですがね。
だから『公爵令嬢』であるアリシアが、ここまで落ち込む必要は本来は全くない話なのである。
しかし、アリシアの前世の事を鑑みると「それも仕方がない事なのかも知れない……」とクリスは思った。
「いずれにせよ。今、生徒会の皆様が対応に当たっておりますので、お嬢様はご自分の療養に集中して下さい」
「え、対応……って」
アリシアは「生徒会の皆様が対応に当たっている」という言葉に驚いていた。
――確かに、前世では誰も味方になってくれた方はいらっしゃらなかった様ですが。
だが、今は違う。アリシアの事を心配し、怒ってくれる人たちがいる。
「そもそも、お嬢様は『公爵家の令嬢』という立場です。そして、生徒会の皆様の大事なご友人でもあります。対してステファニー様は『伯爵家』です。そもそも生徒会の皆様は大事なご友人であるお嬢様が倒れられたという時点で、かなりご立腹でした」
「え、え? 待って。私」
――完全に「分からない」という顔をしていますね。
多分、アリシアは「令嬢たちに言い寄られる事」が「破滅につながるきっかけ」と考えていたのだろう。
――だから、あの状況になってしまった時点で自分の味方は誰もいなくなる……そう思っていたのかも知れませんね。
そもそもお嬢様から聞いたのは『このままでは破滅する』という事だけだ。
――せめてどういう状況で起きるのか……という事だけでも聞いておくべきでしたね。
今にして思うと、肝心な事は何も聞いていなかったと思い知らされる。
「大丈夫です。お嬢様が思っている様な事にはなりません」
「そっ、そうなの?」
未だに信じられないのか、アリシアの表情は不安げだ。
「はい。お嬢様はご令嬢たちに言い寄られた状況が破滅に繋がると思われていたかも知れませんが、国外追放を命令するのは国王。もしくは王子のはずです」
「……あ」
「しかし、先程も言った通り、王子たちはむしろお嬢様に心身的苦痛を与えたステファニー様に大層お怒りです。むしろ『破滅』へと向かっているのはステファニー様だと思いますよ?」
そうクリスが言ってアリシアを見ると――。
「そっ……か。私、大丈夫なんだ」
「はい。よほどの事がなければ大丈夫です」
「そう……よね。よほどの事がなければ……」
「はい。ですが、今度はお守り致しますのでご心配なく」
クリスがそう答えると、アリシアは「ありがとう」と震える声で言い。今まで緊張していた糸が切れたのか、そのまま声を上げて泣いた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……今度はお守り致します……なんて」
我ながら、よくそんな事が言えたなと思う。しかし、それは本心だ。
「……」
泣いていたアリシアが落ち着いたのを確認し、クリスは自室に戻るとすぐに机の上に『手紙』が置かれている事に気がついた。
「……本当に、地の果てまでも追って来るつもりの様ですね」
封筒に差出人の名前はなかったが、クリスは何となく差出人が誰なのか分かった。
「……はぁ、全く」
その『手紙』の内容を読んだクリスは思わずため息をこぼす。
ただそれは『手紙』と呼べる代物ではなかった。なぜなら、封筒の中にあった紙に書かれていたのは『お前だけ、逃げられると思うなよ』の一文だけだったのだから――。
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