第10章 バレた未遂


「――君とちゃんと話す機会はなかったよね。クリス」


 無言のクリスの隣にあるのは鉄格子。そして、話しかけてきているのは……現宰相の子息であるキーストン。


「……」


 今、クリスがいるのはヴァーミリオン家にある自室でもなく、牢屋だった。


 ――まぁ、あの『手紙』が来た時点で……こうなる事は予想出来ていましたが。


 そうクリスとしては「どうして」の疑問より「やはりこうなったか」という確信の方が強かったのだ。


 ――ただ思っていたよりは早いとは思いましたが。


 兵たちがクリスを連行したのは、あの『手紙』が届いて一ヶ月と経たないタイミングだった。


「……」


 しかし、連行される前に色々な事が起きてしまい、クリスの体感としてはあっという間に日々が過ぎた様に感じる。


 ちなみにステファニー様は生徒会の面々の怒りを買い。ステファニー様だけでなく、ラーナ家も伯爵の位を没収されたと聞いた。

 そして、ステファニー様は修道院へと送られた……と言う『結果』をクリスがアインハルとから聞かされたのは、つい数日前の話だ。


 その間にアリシアは学校に通える程まで回復し、生徒会の「ラーナ家令嬢を含めた令嬢たちのアリシアに対する冒涜は嘘偽りしかなく、個人を精神的に追い詰める極めて悪質なモノ」という声明を出した。


 後、あの場でアリシアに対し発言した令嬢たちももれなく修道院行きになった……と、カイニス王子から直接説明があった……とアリシアから聞いている。


 ちなみに、テストの結果は……総合評価では生徒会の面々が上位全てを独占したモノの『魔力制御』と『魔法知識』に関しては、アリシアが一位を取った。


 そして、その結果を不服としたのが生徒会の面々以外のSクラスの人間とAクラスの人間だ。


 ――生徒会の方たちも悔しそうにはしていましたが、むしろ「さすが」という感じでしたからね。


 しかし生徒たちの不満をそのままするワケにもいかなかったため、カイニスは「そこまで言うのなら……」と抜き打ちで小テストを生徒会で行っても結果は変わらず、むしろ認めざる終えない状況になった。


 ――それでも納得はしていなかった様ですが。


 なんて事をふと思い出した。


「ふふ……」

「……楽しそうだけど、自分の状況。分かっている?」

「ええ。分かっています」


 ――おっと、思わず声に出てしまっていましたか。


 クリスはそう思いつつ「コホン」と軽く咳払いをする。


「それにしても、まさか君が自分の主でもある彼女を手にかけようと思っていたなんてね。びっくりだよ」

「そうおっしゃる割には……驚いていない様に見受けられますが」


 いつもであれば「キーストンに対しあまり意見を言うべきではない」と咎められる言動だ。


 ――しかし、ここに執事長はいませんし。


「ははは。まぁ、実のところ珍しい話じゃないからね」

「……なるほど」


 言われてみれば、幼少期アリシアに毒を盛ったのも王宮に勤めていたメイドだった。それを考えれば、おかしな話ではない。


「でも、僕はともかくみんなは違うみたい」

「――その様で」


 ――全く、私なんかの為に。


 そう、クリスがアリシアの暗殺計画を企てたとしてここに連れてこられた。

 本来であれば、数日も経たない内に処刑なりの刑が執行されるのだが、なぜかクリスは今も執行されずに留置されている。


 ただ、クリスはこの状況が「誰の手によって」起きているのかおおよそ予想がついていた。


「状況的な証拠は揃っているけど、君の出身があの家だからね。どうしても、慎重になっているみたい」

「……そういう事でしょうね」


 正直、いつ刑が確定して処刑が執行されるか分からない……というこの状況は、あまり良い心地はしない。


 ――本当に、王子たちに生かされている感じがしますね。


「それに、密告のタイミングも言ってきた人間も信用出来ないみたいだからねぇ」

「……」

「とりあえず、現状じゃ確定出来ないみたいだから、もう少しここにいてもらう事になりそうって事を伝えに来たってワケ」


 キーストンはいつもの調子と変わらないだ。


「――そうですか。わざわざありがとうございます。ですが、あまり調査中の内容をあまり喋らない方がよろしいのでは? 特に密告を言ってきた相手などに関しては」

「ははは、この程度どうって事はないよ。僕が言いたいのは君の味方は多いって事を伝えたかっただけだから」


 キーストンはそう言ってさらに笑う。


 ――本当に、よく笑う方ですね。


 思えば、キーストンはいつも笑っている。それこそ「何がそんなに面白いのか」と問いたい程だ。


「――それに、僕にはねぇ。君がどうしても従わないといけない状況だったけど、ただ単純に従うのも癪だったから、ここまで何もしなかった……そう思っているんだよ」

「……」


 キーストンが突然真剣なトーンで話し始めてクリスは驚いたが、それ以上にその指摘は当たっている。


 ――相変わらず鋭い方ですね。


「報告を上げていたのだって、ちゃんとやっていますよ……っていうアピールだったと、僕は思っているんだけど……」


 その後の言葉に続くのは「違う?」と言うモノだろうが、キーストンは「あえて」この言葉を言わない。多分、ここで肯定させてクリスの証言が取りたいのだろう。


「さぁ……どうでしょう」


 しかし、わざわざその会話にのる必要はない。だからあえてクリスは、その発言をはぐらかす様に言った。


「――なるほど。ははは、一筋縄ではいかないか。でも、そうだね。その方が君らしいか」

「……」


 キーストンは笑って「じゃあ、調査が終わったらまた来るよ」と言ってクリスの元を離れた。


「また来る……ですか」


 果たしてそれは本当か嘘か……クリスも「やはり、キーストン様は分からないですね」と牢の中で小さく笑ったのだった。

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