最終章 エピローグ

後日談


 あの後、王子たちに今までの所業を言いくるめられていた元執事長が処罰されたという話を旦那様から聞いた。


 ――私があの場に行くまでかなり時間がかかったところを考えると、執事長が主犯だという事によほど確信があったというのが分かりますね。


 そう思いつつ見上げた天井は……ヴァーミリオン家ではないのだが、あの後クリスに何があったのかというと……。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「大変申し訳ありませんでした」

「……」


 馬車に乗り込みアリシアと共にヴァーミリオン家に戻ったクリスは、旦那様に呼び出された。


 ――それは当然でしょう。


 クリスとしては、自分の処分を決めるのは王族か……もしくはヴァーミリオン家の人間だと思っていた。

 今回の件を含めて色々話を聞きたいのは、当然の流れだとクリスは思っていた。


「――話は聞いている。いや、本当はもっと前から知っていた」


 旦那様はクリスの方を見ずにそう答える。


「知って……いらっしゃったのですか?」

「ああ。亡くなった妻がな。報告書を上げていたという事を教えてくれた。そして、ラーナ家の黒い噂も……な」

「なっ、なぜ今までそれを……」

「妻たっての願いだったからだ。このままにしていてもきっと悪い様にはならない……と」


 旦那様だけでなく奥様も、なかなかさとい人だったことをふと思い出す。


「それに、いつか話してくれる……そうとも言っていたが……まさか、こんな大事になるとはな」


 旦那様はそう言ってクリスの方を見る。


「申し訳ありません。全ては私の心の弱さが招いた事。どんな処分も受け入れます。それくらいの事を私はしました」

「いや、本当なら私が早く手を回すべきだった。分かっていたのなら、なおさらだな」

「しっ……しかし、奥様の願いだったのでは?」

「確かにそうだが、あまりにも待ち過ぎた。妻には時期が来たら助けてやって欲しいとも言われていたからな」


 苦笑いを見せる旦那様は「だから、俺は決断が遅いってよく妻に怒られていた」と続ける。


「さて、ここからが本題だ。クリス、これからの事なのだが……」

「はい」

「お前にはラーナ家が治めていた領地を治めてもらいたい」

「……?」


 もっと重い処分……それこそヴァーミリオン家を去る事も覚悟していたクリスは、旦那様の言葉の意味が分からず固まった。


「単純な言い方をすれば、お前には……いや、クリスには私たちと同じ貴族になって欲しいという話だ」


 しかし、そんなクリスに気が付いていないのか旦那様は話を続ける。


「え、いや! あの! そっ、そんな事を突然言われましても……」

「まぁ、私も突然だとは思う。だが、クリスは貴族に負けず劣らずの『魔法量』を持っている」


 さらに旦那様は「眼鏡をかけないといけないほどに今も魔法量は増えているんだろ?」と続ける。


「たっ、確かにそうですが……」

「それでいて、周囲を見られるほど冷静沈着な性格だ。本来であれば、今いる貴族に分け与えられるのが通例なのだが……正直な話。私は今の領土を治めるので手一杯。しかし、元は私の家の領土。他の家に治められるのもそれはそれで面白くない。それならば……と思っていたところだ」

「しっ、しかし……」


 ――いくら表に今回の話が出ていなかったとは言え、スラム出身でなおかつ使用人の分際で……いいのでしょうか。


「それに、コレはわが国の王子たっての願いでもある」


 今も迷いの表情を見せるクリスに、旦那様は言葉を重ねる。


「王子たち……ですか」


 思い出されるのは、アリシアと再会した時のムッとした表情の王子二人の姿。


「ああ。なんでも『アリシア嬢に振り向いてもらうには、まずちゃんとライバルになってもらわないとな』という事らしいぞ」

「ライバル……ですか」


 旦那様は王子たちの言葉の意味を理解しているのか、面白そうに笑っている。


 ――私なんて、彼らの足元にも及ばないと思いますが。


 それに対して私あ思ったのは……内緒だ。


「さて、どうする?」


 ――どうする? と口では言っていますが、ほぼ確定事項なのでしょうね。


 基本的に旦那様は不要な事は言わない主義だ。だからこそ、今この話をクリスにしている時点で決まっている。それが分かりきっているから、これは何とも言えない茶番だ。


 ――まぁ、現時点で私はヴァーミリオン家の執事。主の言う事は絶対ですからね。


「……分かりました。謹んでお受けいたします」


 そうして、クリスは貴族になる事が決まった。


 その後、アリシアもあの一件以降特に問題もなく友人たちと共に学校を卒業した。


 ――私がこの領地を治める事が決まって、お嬢様も無事に卒業。お嬢様の言っていた『物語』のレールにはどれにも当てはまりませんでしたね。


 本来であれば、クリスはアインハルトと共に卒業式に同行するところなのだろうが……残念ながら引き継ぐ事が多く、参加出来ていない。


 クリスとしては「果たしてこれで良かったのだろうか……」とふと思う。しかし――。


「クリス!」


 ノックもせずに現れたアリシアの笑顔を見ると「まぁ、本人が笑顔なら、それでいいのでしょう」とも思うのだ。


「? クリス? あ、もしかして今忙しかった?」

「いえ、大丈夫ですよ……お嬢様」


 そう言うと、アリシアは「それなら良かった」とまた笑顔を見せる。


「って、またお嬢様になっているわよ? それに敬語も」

「申し訳ありません。なかなか慣れないもので」

「ふーん、そう」

「それに、お嬢……アリシア様は公爵家の令嬢ですので敬語はそのままで……」


 クリスがそう言うと、アリシアは不服そうな表情である。


「それはそうかも知れないけど」

「すみません。ところで、アリシア様は魔法研究所に行かれるそうですね」

「ええ、魔法の常時発動を研究するためにね。やっと安定してきたから、それを魔法道具に応用するつもり」


 そう言うアリシアの表情は楽しそうだ。アリシアは卒業後、魔法研究所に入所し日々研究に追われている。


 カイニス王子とルイス王子は王宮で仕事をし、キーストンはその補助。アインハルトは旦那様の仕事によく同行している。


 そして、ティアは魔法騎士たちから『女神』とまで称されるほど治癒魔法を駆使し傷を負った人たちの治療に日夜汗水を流している……と噂で聞いた。


 ――今も皆さまとは交流があるようですね。


 さすがに学生の時の様に簡単に会う事は出来ないが、手紙のやり取りをしたりたまに会ったりしているようだ。


「ところで前々から聞きたかったのですが」

「何?」

「アリシア様は一体何を作ろうとしているのですか?」

「何……って、冷蔵庫」


 サラリと言われた聞きなじみのない言葉にクリスは固まる。


「ああ、冷蔵庫って言うのはね」


 そうしてアリシアから『冷蔵庫』の説明を受けたのだが、どうやら食べ物を冷やしたり凍らせたりして保存出来る箱の様だ。


「コレがあればみんなの生活もきっと豊かになるわ!」

「それは……アリシア様の前世の記憶によるモノですか?」


 クリスがそう答えると、アリシアは素直に「ええ」と答える。


「そうでっすか」


 思えば、アリシアに前世の記憶をカミングアウトされてから色々と彼女に振り回された。しかし、アリシア様の前世の記憶のおかげで今があるのは確かだ。


「この『物語』は卒業式までの話だけど、私たちの人生は続いていく。これからもよろしくね。クリス」

「私はもうお嬢様の執事ではありませんよ」


 そうクリスが答えると、アリシアは笑い、お嬢様曰く「そういう事じゃない」という事らしい。


 ――しかし、そんなに笑われるほど面白い事を言ったつもりはないのですが……。


 よく分からずクリスは首を傾げていると……。


「姉さん!」

「アインハルト!?」

「全く、実家にも研究所にもいないと思ったら、こんなところにいるとはな」

「警戒心がないのも考え物ですね」


 そう言って王子たちも現れる。


「あっ、あの! コレ、良ければ!」


 緊張しつつお菓子の入った紙袋をクリスに突き出すように渡してきたのはティアだ。


「あれぇ? みんないる」


 そして、最後に現れたのはキーストン。


「……」


 あっという間に元生徒会のメンバーが集まってしまい、ずいぶんと賑やかになった。


「……」


 ――まぁ、お嬢様曰く「これからもよろしく」という事ですから。


 きっと、彼らとの付き合いもまだまだ続くのだろう。それを考えると、クリスは「まだまだ退屈はしなさそうですね」と思いながらフッと小さく笑い、お茶の準備をしようとその場を離れたのだった――。


Fin.

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お嬢様いわく 黒い猫 @kuroineko

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