⑤ 隠された真相


「――出ろ」

「……」


 いつも牢を見張る兵からそう言われた瞬間。クリスは「ついにこの日が来たか……」そう思った。


 ――ですが、不思議と恐怖などはありませんね。


 そう思いつつ、クリスは数日過ごした牢屋の方をチラッと見る。たった数日ではあったが、意外に名残惜しいモノである。


「……?」


 しかし、兵に連れられて行かれた場所は、なぜか処刑台ではなく、会議室の様な場所。


そして、そこにいた人物にクリスは見覚えがあったが……特に驚きはしない。その人物が密告者だという事は、その人物が発した言葉から分かった。


「ですから! 彼はヴァーミリオン家のお嬢様を殺そうと画策したのですよ! どうして処罰しないのですか!」


 昔から、彼は自分の思い通りにならなければすぐに癇癪かんしゃくを起こすという事は昔から知っている。


 ――しかも、そうなるのは大抵自分より下の人間に対してのみ。


 クリスは、そんな昔の事を思い出すと……思わずため息が出そうになる。それくらい、この人に良い思い出はない。


「……お言葉ですが、あなたの事やクリスの事も調べさせて頂きました。正直、状況証拠のみでは断定が出来なかったのですが、彼の過去を調べた結果。クリスは従わないといけない状況だったという事が分かりました」


 ルイスは、淡々と説明を続ける。


「なっ! あっ、あなた方はこんなヤツを信じるというのですか!」

「黙れ。お前にクリスをこんなヤツと言う資格はない。そもそも、貴様がラーナ家を没落させた様なモノだ」


 カイニスはそう言って資料をバサッとまとめてクリスの前に置く。


「……」


 なんとかなく「読め」という事だろうと察したクリスは、パラパラとめくる。


「お前は、度々伯爵に対し意見を言っていたようだな」

「そっ、それがなんだと言うんですか?」


 突然そんな事を言われると思っていなかったのか、言い淀む。


「お前が意見を言う度に状況は悪くなっていた」

「まぁ、使用人の言う事を逐一聞いていた伯爵も問題ですけれど」


 ルイスはそう言って苦笑いを見せる。そう『密告者』とはラーナ家の元執事長だったのだ。


「そして、お前は自分の立場が悪くなると分かるや否やラーナ家を去り、すぐにこの『手紙』を用意し、密告をした」

「なっ」


 そう言ってカイニスが手にしていたのは、クリス宛に最後に送れてきた『手紙』だ。


「ラーナ伯爵はなかなか特徴的な筆跡をしていてな。すぐにコレがラーナ伯爵の手により書いたモノではないという事は分かった」

「……」


 カイニスの言葉に、元執事長は無言のままなぜか怒りの表情を見せている。


 ――いえ、それよりも。


 クリスにとっては『手紙』を送っていたのがラーナ伯爵の手によるモノではなかった……という事実が衝撃だった。


「そもそも、この計画の主はラーナ伯爵ではなく、お前が主犯だったという事はすでに分かっている。逃げられると思うなよ」


 そうカイニスが断言したところで、元執事長はすぐに拘束された。


「なっ! 離せ!」

「横行際が悪いですよ。証拠は揃っているんです。あなたがラーナ家の資金を使い込んでいた事も……ね」

「!」

「伯爵は相当あなたを信頼していた様ですね。だからこそ、あなたを信頼仕切ってしまった……その結果が今です」


 ルイスがそう言うと、ようやく観念したのか元執事長はがっくりと項垂れ、引きずられる様に連行されて行かれた。


「……さて、あなたは解放です」

「へ?」


 あまりの急展開に頭がついていかないクリスは、ルイスの言葉に対して思わず間抜けな声が出てしまった。


「いや、あの……」

「今回の話はそもそも情報元が怪しかったからな。表には出ていない」

「そう……なのですか?」

「はい。そこは現国王と宰相に頑張ってもらいました」


 ルイスは「なんだかんだで、二人とも甘いんです」と言って笑う。


「でっ。ですが、私に帰る場所など……」


 そう言った瞬間――。


「クリス!」


 勢いよく扉が開かれ、急いで来たのかアリシアがクリスに向かって飛び込んできた。


「おっ、お嬢様!?」


 その行動に、クリスは驚きつつもアリシアを受け止めた。


「あっ、危ないじゃないですか!」


 クリスは思わず大声でそう言いつつアリシアの様子を窺うと……。


 ――え、なっ。なんで泣いて……!?


 そう、クリスが受け止めた時。アリシアは目に大粒の涙を溜めていた。


「もっ、申し訳ありません。言い過ぎてしまい……」

「ちっ、違う! コレはその、ホッとして」


 勘違いしている事に気がついたアリシアは慌てて涙をぬぐう。


「あっ、そう……だったんですね」

「うん、えと……その。お帰り! クリス!」


 そう言って笑うアリシアに、少し照れくささを感じつつ「はい」とクリスも笑顔で答えたのだが……。


 クリスが笑顔という事自体珍しかったのか、その場にいた三人にものすごく驚かれたのは……クリスとしては少し心外だった――。

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