話に聞いたところによると、令嬢たちに言い寄られ、精神的に追い詰められその場で倒れたアリシアは、すぐに保健室へと運ばれた。


「……アリシア様」


 そして、授業が終わった放課後。放課後眠っている彼女の隣に寄り添っていたのは、生徒会のメンバーだったが、その場にいたのはティアだけだった。


 いつもであれば、全員授業が終わった瞬間にすぐさま駆けつけていたはずだ。クリスの知っている生徒会のメンバーとはそういう人物だと思っていた。


 しかし、彼らは駆けつけなかった。だがそれは決してアリシアを見限った……とかそういう事ではない。当然、彼らがそうしたのには理由がある。


「……」


 ――本来であれば、私がお嬢様のそばに寄り添っているべきなのでしょう。


 だが、今の主はアインハルトでアリシアの専属のメイドはカナ。そして、今彼女はアリシアに寄り添っている。それならば、今はアインハルトの指示に従うのが筋だろう。


 ――それに私は何も異論はありませんが……。


 クリスの視線の先には、ティアを除く四人。しかし、いつもの穏やかな表情ではなく深刻な表情を浮かべている。


「……」


 だが、四人いるにも関わらず、誰一人言葉を発そうとはせずとも、何やら考えている……という事は見て取れた。


 ――それにしても、皆さんを見ていると感情としては大きく分けると二つ……と言ったところでしょうか。


 要するに「分かっていたにも関わらず、防げなかったという不甲斐ない」という自分を責めている感情と「アリシアになんて事をしてくれたんだという怒り」という相手に対して向けている感情の二つだ。


 ――しかし、皆さんを見ていると前者がルイス様とキーストン様。後者はカイニス様とアインハルト様が強く感じている……という感じの様ですね。


 ちなみに、クリスの気持ちとしては前者に近い。


 ――それにしても、お嬢様が倒れにも関わらず慌てる事もなく皆様の様子を観察しているなんて……私は意外と薄情なのかも知れませんね。


 そんな自分に対し、クリスは思わずため息をつきたくなった。


「完全にしてやられた感じだな」


 そして、唐突に口を開いたのは……やはりカイニスだった。


「はい。犯人は……」

「言う必要はありません。むしろ、今その名前を聞くだけで腹が立ちます」


 いつもであれば、もう少し感情を抑えられるアインハルトなのだが、この時ばかりはそうも言っていられない様で怒りを露わにする。


 ――それも仕方のない話なのでしょう。


「しかし、あれだけのギャラリーがいたからな。言い寄った令嬢たちはごまかすかも知れないだろうがな」


 カイニスは思わず苦笑いを浮かべる。それはまるで「そんな事をしても無駄だというのに」と言わんばかりだ。


 ――まぁ、確かに彼女たちがいくら周りを囲ったつもりでも無駄でしょうね。


 クリスがそう思ってしまうほど、お昼休みの食堂は混む。あれだけ混めば取りこぼしが出てもおかしくはない。


 ――とは言え、私が見たのは生徒会室から……だったので、体感以上に実際はそんなにいないのかも知れませんが。


 しかし、生徒会の仕事が本格化する前に食堂を利用したアインハルトが「座る場所がないほど混んでいた」と言っていたので、あながち間違いでもないだろう。


「ええ。それに、アリシア嬢に対して色々と言っていた令嬢たちが仮に謝罪したとし、許しを請おうと許しません」


 ルイスはそう言いつつなぜか笑っている……が、その目は全然笑っていない。


「それにしても、彼女が令嬢たちに色々言われている中。誰一人として彼女を守ろうとはしなかったみたいだね」

「アリシアを守れば、守った人間が標的にされかねないからな。それに、庶民としては貴族間のいざこざなんて関係のない話だろう」

「でもさ。彼女自身も特に反論する事もなかった……って聞いたなぁ」

「……」


 クリスもその場にいたワケではないが、騒ぎを聞いていた数人の話し声を聞く限りの状況を整理すると、アリシアは何も言わず、ずっと令嬢たちの罵詈雑言を聞いていたらしい。


 ――ひょっとしたら「何も言わなかった」ではなく「言えなかった」なのかも知れませんね。


 アリシアからクリスだけ、幼少期に『前世』の話を聞いている。そして、この状況こそが「破滅」のきっかけだったのではないか……とクリスは察した。


 ――それならば、お嬢様が何も言えなかった理由が分かります。


「そういえば彼女……普段からあまり自分の感情を言わずに笑っている事が多いよね」


 クリスがそう納得している間に、どうやら話は進んでいた様だ。


「ああ」

「――本当は、ため込みやすい性格だけなのかも知れませんね」


 カイニスはキーストンの言葉に同意し、ルイスはそう言いつつ、いつものアリシアを思い出すように天井の方を向いた。


「……姉さんは『自分が我慢する事で物事が上手く進むのなら、それにこした事はないよね』とよく口癖の様に言っていました」


 それに同意するようにアインハルトも答える。


「だが、あれだけの事をやって自分たちが無傷で終わるとは思ってはいるまい」

「――どうでしょうか。本来であれば、ここで話をした様な事をすでに起こしている時点で、救いようがありませんでした。それを考えると、むしろヤキを起こしたとか……」

「もしかしたら、あんな事を言っていた事を踏まえると、自分たちがとんでもない事をしでかした事すら分かっていないかも知れないねぇ」

「そんな人に姉さんが傷つけられたなんて……」


 アインハルトは怒りのあまり握りしめていた拳にグッとさらに力をこめる。


「――とにかく、アインハルトはアリシア嬢と共に一旦ヴァーミリオン家に戻ってくれ」

「クリスはアリシア嬢の心のケアに努めて下さい」


 二人の王子からの指示に、クリスとアインハルトは「分かりました」と頷く。


「キーストンは、出来る限りの情報を集めてくれ」

「了解。任せてよ」


 いつもは気だるくやる気のなさそうな態度を取っているキーストンだが、この時ばかりはやる気を見せ、ちょうど区切りの良いタイミングで下校を告げるベルが鳴った。


「――何かあればすぐに連絡致しますので、アリシア嬢にはしばらく自宅でゆっくりする様に伝えて置いて下さい」

「分かりました。お心遣い、感謝致します」


「俺も、明日には家の方に顔を出します」

「分かりました。それでは、失礼致します」


 そう言ってクリスは一礼して生徒会室を後にすると、早速カナにアリシアの実家であるヴァーミリオン家に戻る準備をする様に伝えに走ったのだった。

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