第9章 言っていない事


「ん――こっ、ここは?」


 辺りをキョロキョロと見渡すと、ちょうど部屋に入ってくるタイミングだったのか、目を見開いて驚き表情を見せるカナが立っていた。


「あ……カナ」


 アリシアはカナを呼んだ自分の声が思っている以上に枯れている事に気が付き、驚いた。


「おっ、お嬢様!」


 しかし、カナはそんな事に気づく様子もなく、すぐに駆け寄ってきたので、アリシアは体を起こそうとすると……。


「っ!」


 突然走った激痛に、思わず顔をしかめる。


「むっ、無理はなさらないでください」


 そう言ってカナは心配そうにアリシアをベッドに寝かせる。


「カッ……カナ」


 ここはヴァーミリオン家にある自分の部屋だという事はすぐに分かった。しかし、なぜ自分が「今」ここにいるのかは分かっていない。


「どうして私はここに? 確か、私の記憶が正しければ予定では……」


 次に実家に戻るのはテスト結果が出た後の予定のはずだ。


「そっ、それは……」


 アリシアは今の状況が飲み込めず、ジッとカナを見つめたのだが、問われたカナはなぜかそれに対し言い淀む。 


「……」


 それに、先ほど体を起こそうとしたに痛みは一体何だったのだろうか。

 アリシアとしてはただ体を起こしたいのに、なぜか体に激痛が走って起き上がれなかった。


「――起きられましたか」


 アリシアとカナの話し声を聞きつけたのか、今度はクリスが現れた。

 しかし、冷静な声色とは裏腹に、珍しく息を上げている。どうやらクリスも慌てて来たらしい。


「クリス、っ!」


 もう一度体を動かそうと試みたものの、やはり激痛が走ってしまい体を起こせない。


「お嬢様、あまり無理をなさらないでください」

「ねぇクリス。私はどうしてここにいるの? 学校は?」

「おっ、お嬢様。落ち着いて……」

「一体どうなっているの? 私は……何も……何も分からないの」


 クリスとカナはアリシアを落ち着かせようとしたが、当のアリシア本人は今自分の置かれている状況が分からず混乱しているようだ。


「お嬢様、落ち着いて聞いて下さい」

「でも……」

「お嬢様はお昼休みに学校で倒れられたのです。それは覚えていらっしゃいますか?」


 クリスはいつもと同じ落ち着いた調子でアリシアに尋ねる。


「……」


 その問いにアリシアは小さく頷く。


「そうですか。実はお嬢様が気を失って倒れられた際、体をぶつけてしまったらしく、お医者様の診断ではしばらく治療が必要になるとの事です」

「そっ、そうなの。それで……」


 この体の痛みか……と、アリシアは納得した。


「申し訳ございません。お嬢様」

「仕方ないわよ。使用人は学校の中には入れないもの」


 申し訳なさそうに俯くカナに、アリシアは優しく微笑む。


「不幸中の幸い……と言いますか、頭を打った形跡もありませんし、傷が残る心配もないそうです」

「そう、それは良かった」


 クリスの話を聞くと、アリシアはどことなくホッとした表情を見せた。


「……お嬢様」

「何?」

「失礼を承知でお聞き致しますが、倒れる前に何が起きていたか……覚えていらっしゃいますか?」

「……」


 アリシアはその時の事を思い出そうとしている仕草は見せたものの、どうも詳しくは覚えていないらしい。


 しかし、クリスとしては「それは仕方のない話だ」と思った。


 ルイスから「出来る限り一人にならないように」と言われてはいても、どうしても一人になってしまう事はある。

 今回はそこを狙われた。

 そして「アリシアが倒れた」という事を聞かされた時も、彼らは生徒会室で作業中だった。


「分かりました。無理を言ってしまい申し訳ありません」

「ううん。ごめんなさい、私の方こそ覚えてなくて……」


 アリシアはクリスに謝罪する。


「いえ、また何かございましたらすぐご連絡下さい」

「ありがとう」


 アリシアの言葉を聞くと、すぐにクリスは心配そうにアリシアを診ているカナを連れ立って退室した――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ――お嬢様は「覚えていない」と言っていましたが。


「……」


 クリスがちょうど自室に戻ったタイミングでアリシアから呼び出しを知らせるベルが鳴った。


 ――やはり、ですか。


 先程のアリシアの様子から、クリスは「何か自分に言いたい事がある」という事は察していた。


「それにしても……」


 ただ、あまりにも鳴ったタイミングが良すぎて、クリスは思わず笑いそうになった。


「とりあえず、お待たせしてはいけませんね」


 そして、ベルが鳴り終わったのを確認すると、クリスはアリシアの待つ部屋へと戻ったのだった――。

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