「……」


 アリシアも前世では『勉強会』をした事が何度かあった。


 しかし、今の彼らの様に真面目に取り組んでいたか……と聞かれると、正直微妙だ。

 いつも最初でこそちゃんと勉強していたのだが、途中から遊び始めてしまう……。


 そういった事を思い出すと、アリシアは目の前の彼らがいかに前世の彼らと違うのか思い知らされた様に感じていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆  ◆


「ところで、アリシア嬢はステファニー・ラーナって知っていますか?」

「え」


 外も夕暮れに差し掛かり「そろそろお開き……」といったタイミングで、唐突にルイスからそう切り出された。


「スッ、ステファニー様ですか?」

「そう」


 アリシアはあまりに唐突だった事もあり、しどろもどろになってしまったが、正直「名前は知っているはいるけど」というくらい……いや、今日の昼休みに十年ぐらいぶりに姿を見ただけだ。


 しかし、なんとタイムリーな話題だろうか。


「名前は知ってはいますが……あの、その方がどうかされたのですか?」


 しかし、あまりにも唐突だったため、アリシアは探る様にルイスを見る。


「いや、実はその彼女の行動がここ最近目に余るところがあって、ちょっと困っていましてね。主に兄様が……ですが」


 語尾の言葉を聞いた瞬間。アリシアは思わずカイニスの方を向いた。


「はぁ、ルイス」


 名指しをされたカイニスは、ため息混じりに額に手を当てている。


「いや、兄様だって困っていたではありませんか」

「それはそうだが……」


 しかし、実際のところ困っているのは事実らしく、強く否定はしない。


「?」


 そういえば、ティアも「未来の王妃になるのは、この私よ!」とステファニー様が言っていたのを聞いている。


「全く。カイニスには婚約者もいないし……というか、ここにいる全員貴族には珍しくこの年になっても婚約者がいないって言うのに、一体どうしたんだろうね?」


 キーストンは話を知ってはいるらしいが、それ自体にあまり興味がないのか、背伸びをしながら言う。


「……もしかしたら、焦っているのかも知れませんね」


 そう答えたのはアインハルトだ。


「どういう事だ。アインハルト」

「俺も伝え聞いただけですので断言は出来ませんが、なんでも彼女の家『ラーナ家』の家計は現在火の車状態だと聞きました。それこそ、この学校に通えるか怪しいほどだとも言われています」


 カイニスの問いにアインハルトは答える。


「……なるほど。それならそう言い回っているのも納得ですね」

「――納得するな。それより、アリシア嬢」


 ルイスの言葉にカイニスは律儀に返事をしつつ、アリシアの方を向いた。


「はい」

「その……これまでステファニー嬢から何かされていないか?」

「……え?」


 それを言うならティアの方では……と思い、視線を向ける。


「ローレンス嬢から聞いたんだよ。今日の昼休みにあった事。それに、ステファニー嬢はどうやら君の事についても色々と言っているみたいだからね。みんな心配していたんだよ」

「そっ、そうなんですか。心配してくださってありがとうございます。しかし、今日久しぶりに姿を見かけただけで、彼女からは何もありません」


 アリシアは背筋をピンと伸ばし、ハッキリと答えた。


「……そうか。それならばいいのだが」


 カイニスはアリシアの言葉に、ホッとした様子を見せた。


「でも、心配ですね」

「うん。今は特例で専属の執事君がいるけど、通常は校内に執事やメイドは入れられないし」

「そうそう特例は許されないでしょうね。ここは一般生徒が立ち入れない場所なので、許されていますが」


 そんなカイニスを余所に三人はアリシアの心配を始める。


「え……と、あの?」

「皆様アリシア様が心配なんですよ」


 そう言ってティアは笑顔で答える。


「えぇ……。でも、ティアのほうが……」

「わっ、私の事はいいんです!」


 ティアは心配するアリシアに対し、そう強く答えた。


「でっ、でも……」


 しかし、アリシア様は何か思うところがあるらしく、珍しく言い淀んでいる。


 ――ふむ。アインハルト様がおっしゃっていた通り、相当自分に自信がないようですね。私の知らない内にご友人になっていた様ですが。


 多分、そのクリスの「知らない内に」何かあったのだろう。


「しかし、何を考えているんだろうね。伯爵家と公爵家じゃ位も違うし、変な噂を垂れ回すのはなぁ……。ローレンス嬢にしたって、生徒会に所属している人間だ。俺たちの耳に入る……なんて、少し考えれば分かるだろうに」


 キーストンは「何を考えているのか分からない」と言った様子で首をひねる。


「これまでここまで直接的な事はされなかった……と」

「はい。コレまで影でコソコソ言われる事はありましたが、魔法までされたのは……初めてです」


 その時の事を思い出してしまったのか、ティアの体は少し震えている様に見えた。


 それをアリシア様は「大丈夫よ」と支える。


「すみません。アリシア様」

「いいのよ。気にしないで」


「これまでも色々と言われていたのですね」

「はい、皆様にご迷惑をかけたくなくて……すみません。今まで言えませんでした」


 ティアはそう言って涙を見せる。


「……」


 ――こういった状況で考える事でもないでしょうが、確かに彼女は『ヒロイン』に向いているかも知れませんね。


 今のこの状況を作り出したきっかけはアリシア様ではないにしても、この状況になれば、確かに涙を流す彼女の支えになりたいと思うのは普通の流れかも知れない。


 ――そして、本来であればステファニー様の立場にアリシア様が立つはずだった……と。


 しかし、今のアリシア様はそこに立っておらず、むしろ『ヒロイン』と一緒にいる。


「なるほどねぇ。でも、さすがに今回はやり過ぎだよね」

「ああ、だが。なりふり構っていられない程、追い詰められている……という事の裏返しなのかもな」

「ええ。ですが、今回の件はさすがに看過出来ません」


 なんて思っている内に、どうやら話は終わりに近づいている様だ……とクリスは察していた。

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