⑤微妙に変化する『物語』
「そっ……そんな事より、アリシア様!」
「あら、アリシアでいいわよ」
「そうはいきません! それより、あの魔法はなんだったのですか!」
「……」
アリシアにグイッとティアは近づく。
正直「ステファニー様は気がついてなかったし、大丈夫かなぁ」と思っていたが、その考えはどうやら甘かったらしい。
「通常の水魔法でもあんな反応は起きませんし、他の魔法でも説明出来ません。あれはまるで『何かが』破裂したような……」
「……!」
ただ「あれはなんだったのか」と問われれば、適当に誤魔化していただろう。しかし『何か』という部分まで分かってしまっているのであれば、さすがに説明しなといけないだろう。
「何も難しい話じゃないわよ。ただ、空気中の水素と炭素を使って水を作って風魔法で凍らせたモノをあなたの前に薄く張らせて炎に当てたの」
「そっ、そんな事を……」
「まぁ、そこそこの大きさの炎だったら防げなかったでしょうけど、あれくらいの小ささなら数があっても大丈夫よ」
アリシアはそう言って「ふふ」と笑う。
「それにしても……」
「どうかされたのですか?」
「え。あ、気にしないで。こっちの話」
ティアはそれ以上深く追求しない。
しかし、ステファニーが放った炎……いえ、火はそんなに大きくなく、数も二つほど。
アリシアはそれを思いだし、ふと「あの程度の実力でSクラス……?」と疑問を感じていたのだ。
なぜなら、同じSクラスのアインハルトは幼少期に風魔法で竜巻を作れる程の魔法量を有していた。
もちろん、生徒会のメンバーに選ばれる人間と比べるのは酷かも知れないが、どうにもアリシアの中では腑に落ちなかったのだ。
「いえ、でも……あれは意図的に小さい炎を出しただけよね。そもそも人に対して魔法をする時点で大問題だけど」
もしかしたら、いや。そもそも「自分で制御していた」という可能性の方が高い。
そもそもの話として「人に魔法を使っている時点で大問題」ではあるが、Sクラスほどの人間が本気で魔法を使ったら……この程度では済まなかったはずだ。
「うーん」
「あの!」
「うん? 何かしら?」
「あの。先程の話ですけど、あれって『新しい魔法』ですか!」
ティアはそう言って目をキラキラとさせている。どうやら、魔法に相当目がないらしい。
「あっ、新しい魔法と言うか……って、それを言ったらローレンスさん。あなたも独自の魔法を持っているじゃない」
興奮冷めやらぬ……といった様子のティアを両手で制止ながらアリシアは答える。
「そっ、そんな。私なんて……」
そう言ってティアはまたも視線を下に向ける。
「あら『緑の魔法』なんて素敵じゃない」
コレは他の人たちや教師陣が話をしていた内容。
「しかも、風魔法とは違って回復魔法のみ。しかも、ものすごい効力だって聞いたわよ?」
「……そんな、私なんて」
そして、コレはアリシアの前世でやっていた『ゲーム』で得た知識。
主人公である『ティア・ローレンス』は、彼女唯一のこの『緑の魔法』を使う事が出来たために魔法学校にSクラス、しかも生徒会のメンバーとして選ばれるところから『物語』が始まるのだ。
しかも、この『緑の魔法』は目に見える傷だけでなく心の傷も治せるらしく、彼女の健気な性格も相まって、攻略対象たちは次第に心を開いていく……というのが『物語』の本筋である。
「そんな事、私はないと思うわ。それに、あなたがSクラス、そして生徒会に選ばれたのもあなたの努力の結果よ。それは誇るべきだわ」
「アリシア様」
「そうだわ! 今度テストがあるから、それで結果を出せばいいのよ! そうすれば、あの人たちも何も言えないはずよ!」
「!」
アリシアがそう言ってティアの両手を握る。
「今日この後、みんなと勉強会をするの。今度のテスト、一緒にがんばりましょう?」
そう言うと、ティアは「はい、はい! よろしくお願い致します!」と言って涙を見せたのだった。
「それと……ローレンスさん」
「はっ、はい!」
「私と……友達にならない?」
「! はっ、はい! こちらこそ、不束者ですがよろしくお願い致します!」
「ふふ、それじゃあ結婚するみたいね」
「え! あ、すみません。あの、私の事はぜひ『ティア』とお呼びください!」
「じゃあ私の事はぜひ『アリシア』と……」
「いえ! アリシア様とお呼び致します!」
そう言ってティアはアリシアの言葉を遮る。どうやらここは譲れないらしい。
「ふふ、分かったわ。でも、これから私たちは『友人』よ。それにしても、泣き過ぎね」
「う。すっ、すみません。その、嬉しくて」
ティアはそう言ってハンカチを取り出した。
「……」
しかし、アリシアはティアを見ながら少し疑問を感じていた。
なぜなら、確かに『ティア・ローレンス』は健気で優しく、男性が守ってあげたいと思うほどの可愛さもあるのだが……ここまで気弱ではなかったからだ。
この『物語』では、アリシアが『悪役令嬢』となっていたが、それでもここまでではなかった。
「……」
やはり、クリスも言っていたし、ずっと感じていた違和感の通り「物語が少し変化しているかも」と、ハンカチで涙をぬぐうティアを見ながらアリシアはそう感じていた――。
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