「――さてと、本当に保健室に行かなくて大丈夫?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 アリシアが尋ねると、ティアは慌てて答える。


「そんなに慌てなくて大丈夫よ。何事もなくてよかった」

「そっ、そんな……私なんて、あなた様から見たらただの庶民の一人で……」

「それを言ったら私はBクラスよ? Sクラスが当たり前の貴族にしてみたら、落ちこぼれね」


 そう自虐した様に言うと、ティアは「そっ、そんなつもりでは!」とさらに萎縮した。


 しかし、アリシアの父。ヴァーミリオン公爵は他の貴族たちの様に別にどのクラスになったかなどは気にしていない。

 むしろ気にしていたのは「アリシアのクラスに誰も知り合いがいない」という状況に対してだった。


「ふふ、そんなに萎縮しないで。別に不敬だのうんぬんかんぬん言うつもりはないわ」

「……」

「どうかした?」

「いっ、いえ。その、ちょっと……」

「思っていたのと違った?」


 そう言ってアリシアは「ふふ」と少し意地悪っぽく笑った。


「はっ、はい」

「――素直ね」

「すっ、すみません」

「いいのよ。気にしないで」


 今、アリシアたちがいるのは中庭を出て前日クリスと会っていたベンチだった。

 先程のティアの様子を見た限り、とてもそのまま何事もなかった様に別れる事はアリシアとしては……とても出来なかったのだ。


「それにしても……ステファニー様って、いつもあなたにあんな感じなの?」

「!」


 あまりにも率直な質問だとアリシア自身も思っている。

 しかし、ここで変に気を遣うのをおかしな話でもあるだろう。なぜなら、彼女はついさっき魔法攻撃を受けたのだから……。


「……」


 たとえ当たらなかったとは言え、普通に考えたら「人に魔法を放つなんて事は」ありえない話だ。

 もし、本当に魔法を放ったとしたら……それは模擬戦か、自分を守るための自己防衛に他ならない。


 コレが魔法をメインに働いている人であるなら話は別だが……それくらい『魔法』は危ないモノなのだ。


「ああ、言いにくいのなら無理には……」


 アリシアは彼女の様子を見てそう言ったが、ティア本人が首を左右に振ってポツポツと話し始めた。


「いえ。その、なぜか入学式から、そのずっと目の敵にされていて……」


 彼女曰く、ステファニーに声をかけられたのは入学式当日の学校の校門だったそうだ。

 ティアとしては「貴族の方と話をする事なんて……」と思っていたらしいが。


「わっ、私はその。庶民ですから、おこがましいかなと思っていて……」


 しかし、ステファニーには「そんな事は気にしなくていい」などと楽しく話をしながら講堂前に行った……。


「それで、クラス分け試験の結果を見たらすぐに『あなたみたいな庶民がSクラスで生徒会なんておこがましいわよ!』と態度を変えられてしまって……」


 そう言ってティアは視線を下に向ける。


「……なるほどね。それで、今もそれを引きずっている……と」


 ステファニーとしては、校門前でティアと出会った時点でその立ち振る舞いや姿からすでに彼女を「下」に見ていたのだろう。

 そんな下に見ていた彼女が自分よりも良い成績で、なおかつ「生徒会に入った」という事実を受け入れられずに今に至っている――という事の様だ。


「うーん。でも、私が小さい頃の彼女はそんな感じじゃなかったはず」

「あ、あの。ステファニー様はここ最近『私は将来この国の王妃になる存在なのよ!』と言うようになっていまして」

「え!?」


 それは初耳だ。


「あれ、でも待って。そんな話、一度も聞いた事ないわよ? それどころか婚約者の話なんて……」

「カイニス王子は真っ向から否定していますし、ステファニー様の行動は目に余ると最近は目を光らせています」


「あー、なるほど」


 どうやらそれを「私を見てくれている!」と勘違いしてしまった様だ。


「すっ、すみません。こんな話……」

「なんであなたが謝るの?」

「今回の私事わたくしごとにあなた様を巻き込んでしまいました。コレは、私が対処しないといけない話だったのに……」


 そう言ってティアは項垂れる。


「それこそあなたが謝る事じゃないでしょう? むしろあなたは被害者よ」

「でも……」

「本来、貴族は自分の領地の民を守るのが仕事なの。民を守るために魔法を学んでいる様なモノなのに、それを暴力に使うなんて言語両断よ!」


 アリシアはそう言って「フン!」と腰に手を当てた。


「……ふっ」

「どうしたの?」

「あ、すみません。本当に生徒会の皆さんが言っていた様な方なんだな……と思いまして」

「ふーん? どう言われているのかしら?」


 それは少し興味がある……というつもりでアリシアは言ったのだが、ティアはなぜか視線をそらし、少し「ふふ」と笑った。


「――ちょっと待って。本当になんて言われているの、私」


 そんなティアのリアクションを見て、アリシアは少し不安になった――。

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