アリシアは偶然、令嬢たちがティア・ローレンスに言い寄っている現場にはち合わせてしまった……。


 そこでふと、アリシアは「ん? ちょっと待てよ」と考えた。


 なぜなら、彼女たちは「生徒会に選ばれた事」を「調子に乗るな」とか「いい気になるな」と言っている様なのだが……。


 ――でも、その話って一ヶ月も前の話だよね。


 いや、この話が入学して一週間ぐらいなら、まだ……まだ分かる。しかし、一ヶ月以上も経った今では……アリシアにとってしてみれば、正直「今更?」と感じてしまったのだ。


「それに、あの人は……」


 言いがかりをつけている貴族の中心となっている令嬢に、アリシアは見覚えがあった。


「そうですわ! 生徒会に相応しいのはステファニー様しかおりません!」


 五、六人ほどいる彼女の取り巻きと思しき内の一人の令嬢がそう声高々と宣言する。


「そうだ、あの子。ステファニー・ラーナ様だわ」


 令嬢たちの中心に胸を張って堂々としている少女は、アリシアと同じような茶色の髪をしているのだが、その髪は波打っている。


 お手入れとか大変そう……とアリシアはふとどうでも良い事を思ってしまったが、すぐに『ラーナ家』の事を思い出し、アリシアの脳裏にはクリスの姿がすぐに出て来た。

 なぜなら、彼は元々ラーナ家にいて、そこからヴァーミリオン家に執事として雇われたのだ。


 どういった経緯で……など詳しい話は聞いた事はないが、ラーナ家はヴァーミリオン家と良好な関係を持っていたからこそ、クリスはヴァーミリオン家に来たのだと、使用人から聞いた事はあった。


「確か、ラーナ家は伯爵家だったはずよね」


 公爵家のヴァーミリオン家と伯爵家のラーナ家は位が違っていたものの、ラーナ家はやたらとヴァーミリオン家に友好的だった。

 どうやら先代同士からの付き合いで、その時はお互い良好な関係を築けていたらしいのだが……。


「先代はともかく、今の当主は……どうもな。何というか……下心が見える」


 父上はそう言ってここ最近は、交流を絶っている。


「彼女も入学していたのね」


 アリシア自身、社交界にあまり顔を出していなかった事もあり、ステファニーの事は幼少期の姿で止まっていた。


「後は、お父様とアインハルトに社交界では徹底的に横にいるように言われていたから……」


 だから、それ以降の彼女を全く知らなかった。


「あんたみたいな子にはお灸を据えなくてはね……」


 そんな声が聞こえたところで、アリシアは「まずい!」と咄嗟の危機感を感じた。

 なぜなら、こういった事を言った後は大抵ロクでもない事が起きるのは、こうした『物語』ではもはやお決まりだからだ。


「!」


 そう思っているのも束の間、ティアの目の前には小さい炎がいくつか飛んでいったのが見えた。


「っ!」


 ティアは突然の事で固まってしまい動けず、魔法はそのままティアに向かって飛んでいった……。


「……」


 そして、すぐにティアはその場で座り込んだ。


「あはは! いい気味だわ!」


「……」

「……」


 それをティアに当たったと確信したのか、ステファニーは勝ち誇ったように高笑いをしていたが、取り巻きの令嬢たちはその場で顔を真っ青にして固まっている。


「何をしているの」

「スッ、ステファニー様」

「ふん、この程度じゃ死なないわよ。ちょっと火傷を負った程度でしょ。それより、サッサと行くわよ」


 そう言うと、取り巻きの令嬢たちは「はっ、はい」とそのまま先を行くステファニーと共に立ち去った――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 ティアは何が起こったのか分からず、その場に座り込んでいると……。


「どうやら取り巻きの人たちはまさか本当に魔法を放つと思っていなかったみたいね」


 アリシアは彼女たちが去ったのを確認し、ティアの前に姿を現し――。


「大丈夫?」


 そう言って、隣で呆然としているティア・ローレンスに手を差し出した。


「え、あ」


 突然彼女は差し出された手を掴もうか迷っている様だったが、それにじれったさを感じ、アリシアは強引に彼女の手を掴んだ。


「あっ、ありがとうございます」


 そうお礼を言えるだけでも、今はまだいい。それくらい、今の彼女は顔が真っ青で体中が震えている。

 先程、彼女は座り込んでいる様に見えたが、どうやら「腰を抜かしていた」様だ。

 だが、それも仕方のない話だろう。

 なぜなら、彼女はついさっき魔法を突然放たれた。そんな事をされて大丈夫な人間なんてそうはいない。


「どういたしまして」


 しかし、とりあえずアリシアとしても返事はしておくべきだろうと、そう返す。


「……とりあえず、保健室に行きましょうか?」

「いっ、いえ。あの、大丈夫……です」


 彼女はそう言ってアリシアの申し出を辞退しようとするが、どう見ても顔色が悪い。


「全然大丈夫って感じじゃないわよ」

「……あの、それじゃあ」

「何?」


 アリシアがそう返し、ティアは一瞬ビクッとさせたのを見て、すぐに「あ、しまった」と心の中で思った。

 そう言えば、アリシアは整った見た目をしているが、その切れ長の目が「冷たい」という印象を与えてしまい、時としてそれが威圧感につながってしまう。


 クリスから「あまり威圧勘を与えないよう気をつけるように」と言われていた事をアリシアは完全に忘れていたのだ。


「いっ、いえ。べっ、別に怒っているわけじゃないのよ! そう! 元から! この顔は元からなの!」


 そう必死に弁解していると……。


「ふっ、ふふ……」


 あまりの必死さが面白かったのか、ティアは笑い。アリシアもその笑いにつられて一緒に笑い合ったのだった……。

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