⑤未だ分からぬ隠れルート


「はぁ……」

「お疲れの様ですね」

「うん」

「……」


 ――素直に肯定。コレはよっぽどの様ですね。


 アインハルトとの勉強会を終え、アリシアは自室に戻りクリスにお茶を入れてもらっている最中だ。


 ちなみに、カナから先程部屋で大きな音がした原因の報告はすでに聞いている。


「お嬢様の危機管理能力が甘いのをみんな気にしているのですよ」

「それは……ありがたいけど、私だってもう子供じゃないのよ?」

「子供じゃないからこそ、危機管理を怠っては欲しくないのです」

「話は……分かるんだけど」


 そう言ってアリシアは自室の机に突っ伏す。

 通常であれば「お行儀が悪い」などと注意をするところだが、今日はかなりお疲れの様なので黙っておく。


「それにしても、なんでみんな私に色々ちょっかいをかけてくるんだろ? 私はヒロインじゃないのに……これじゃあヒロインと変わらないじゃない」

「それだけお嬢様が魅力的という事では?」


 クリスがそう言うと……。


「魅力的? 私が? はは、ないない」

「――そうでしょうか。何もなければ、この間私が見てしまった様な事はないと思いますが」


 サラッとクリスが言った言葉に、アリシアは思わず飲んでいる途中の紅茶を吹き出しそうになった。


「みっ、見ていたの!?」

「むしろ見ていなかったと思う方が不思議です」


 興奮気味のアリシアに対しクリスはいたって冷静答える。


「そっ、そうよね」

「ですが、お気を付け下さい。今のところはお嬢様の身内の方や王子たちが見つけていますが、コレが何も知らない方だった場合……」

「面倒な事になる……と」

「そうです」


 ――たとえ、お嬢様にそのつもりがなかったとしても。


 人の噂というモノはあっという間に広がってしまうモノだ。もし、それが悪意のあるモノであったとすればなおさらである。


 ――王子たちを始め、キーストン様もアインハルト様も婚約者はいない。そんな中でそんな状況を見られてしまったら、何を言われるか分かったものじゃないですからね。


「お嬢様の『優しさ』は確かに美点です。ですが、その『優しさ』を利用しようとする輩がいる事をお忘れなきように。あなたに何か起きて傷つく方もいらっしゃるのですから」


 そう言いつつ、クリスは「その最たる私が何を言っているのでしょうね」と心の中で小さく自分自身に毒を吐いた。


「そう……ね。私の考えが甘かったわ」

「分かって下さったのなら良かったです」


 反省したのか、アリシアは分かりやすくしょぼんと落ち込んでいる。


「それにしても、四人の攻略対象者は分かったけど……」

「隠しルートの方……ですね」

「そう。本当は、前世の友人から話を聞くはずだったんだけど……」

「だけど?」

「私、その前に死んじゃったから」

「そう……ですか。それは……仕方がないですね」

「ほっ、本当はその日の内に聞こうと思ったのよ! でも、結構遅い時間まで話し込んじゃったから……」


 そう自分で言ってアリシアはさらに落ち込む。


「お嬢様を責めているワケではありません。どうしようもない事は世の中にはたくさんございます」

「クリス?」


 アリシアを慰めるクリスの目は優しいが、そんなクリスの目は……アリシアではない別の誰かが映っている様に見えた。


「それにしても、カナには驚いたわ」

「カナですか?」

「私が知らないうちに体術を身につけていたから」

「ああ。お嬢様に守られて以来、彼女なりに頑張ったそうですよ」

「そう」

「何でも、放たれた魔法なら物質だから切ることも出来る! と本人は豪語しておりました」


 クリスがそう言うと……アリシアは「あの子は何を目指しているのかしら……」と小さく呟いた。


「そう言わないでください。彼女なりに色々と考えた結果なのですから」

「……そうね」


 アリシアは少し苦笑いを見せる。


「それにしても、攻略対象たちもそうだけど、主人公の動きも気になるところなのよね」

「ああ、ティア様……ですね」


 クリスはサラッと答える。


「知っていたの?」

「アインハルト様から聞いております。生徒会の書記の方……ですよね」

「ええ」

「お嬢様がおっしゃっていた『物語』では、その方をお嬢様がいじめる悪役令嬢という役どころでしたね」

「そう」

「そして、その方をいじめ続けた結果。良くて国外追放、悪くて……」

「ええ。とりあえず、それを避けたいがために私は今まで行動してきたのだけど……」


 アリシアはそう言うなり、暗い雰囲気のまま視線を下げた。


「今のところ何も起きていない!」

「おや、それはお嬢様にとっては良いことなのでは?」

「良いことかも知れないけど、全然安心出来ない!」

「それはお嬢様が卒業出来る確証がなければ安心は出来ないのでは?」


 クリスが正論を言うと、アリシアは「うっ」と言葉に詰まる。


「わっ、分かってはいるけど……」


 ――そもそもの出発点が違いますからね。安心できないのも無理はありませんか。


 アリシアから聞いていた『物語』の中のアリシアと今のアリシアの見た目は同じだが、中身は全然違う。それも関係しているのかも知れない。


「とりあえず、一度主人公のティア・ローレンスの姿をこの目で見ないと!」

「それでしたら、一度アインハルト様に相談してみては?」

「え?」


 アリシアは「そこでなぜアインハルト?」という表情を見せた。


「アインハルト様は生徒会のメンバーでSクラスですから、ティア様に上手く話をつなげてくれるでしょう」

「ああそっか。彼女もSクラスだったわね。うん、そうしましょう」


 やる事が決まり、そのままアリシアは「よし、やるぞ!」と意気込み、次の日のお昼にはアインハルトと共に学校に戻ったのだった――。

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