③キーストン


「それでは授業を終わります」


 教師はそう言って教室を後にする。


「今日どうする?」

「学食にするか」

「そんじゃ早く行かないと場所なくなるぞ」


「今日は天気が良いから外で食べましょう」

「いいわね」


 午前の授業も終わり、今から昼食の時間だ。


 大抵の生徒は学校の食堂に行くのだが「大抵の生徒」が行っている時点で、かなり混む。そのためか、毎回熾烈な場所取り合戦が行われている。


「……さて」


 そんな中、アリシアは誰もいなくなった教室で一人お弁当を食べる。


「今日は天気も良いからみんな外に出ているのよね」


 雨の日だとほんの数人くらい教室で昼食をとる事もあるが、今日みたいに天気が良ければ、教室には誰もいなくなる事が多い。

 クリスやカナには申し訳ないと思っているモノの、学食を使うと変に目立ち、また何やらコソコソ言われるのは目に見えているため、出来る限り用意してもらうようにしている。


「あれ?」

「え」


 そして「いつもの様に」と準備していたところに聞き覚えのある声が聞こえた。


「アリシアさん」

「キッ、キーストン様」


 いつも通り気軽にアリシアに声をかけたのはキーストンだった。


「どっ、どうされたのですか?」

「どうした……って、それは僕が聞きたい事だけど」

「え」

「いや、何でもないや。僕は……ちょっとこの辺りをフラフラしてた」

「フラフラ? 生徒会のお仕事は……」


 確か、昼食時間も含めて「昼休み時間」とされているため、生徒会のメンバーはみんな昼食も生徒会室でとっていると聞いた事がある。


「庶務の仕事は大体が雑用だからね。仕事が始まって少し待たないとすぐに暇になる」

「――そういうモノですか」

「そっ、そういうモノなのです」


 キーストンはそう言ってニッコリと笑う。


「あの、どうして庶務に? アインハルトから聞いた話によるとキーストン様から庶務をやりたいと立候補されたと聞きましたが」

「あ-、それね」


 現宰相の息子という立場であれば、通常「副会長」が相場のはずなのだがその「副会長」はルイス王子である。


「カイニスに意見出来る人間なんて限られているし、今のルイスなら大丈夫だろうと思ってね」

「なっ、なるほど」

「それに、会計はアインハルトに任せようと思っていたよ。将来を考えると、彼はヴァーミリオン家を継ぐ事になる予定だから必要な事だろうからね」

「それは、見据えて……という事でしょうか」

「そう言う事。でも、書記を務められるほど俺、字がキレイってワケじゃないからね。だから、庶務が妥当なところかなって」

「……」


 キーストンと話をした人は大抵「お調子者」とか「軽い人間」という印象を受けるらしい。

 しかも、二人の王子もだが、キーストンも『物語』の中では二人と同じく『攻略対象』となっているだけあって、ものすごくかっこいい。


 だが、決して「お調子者」というワケではなく、逆に彼の言動は「何を考えているのか分からない」と思わせる何かがある……とアリシアは感じていた。


「僕の事よりも、アリシアさんはこんなところで何をしているの?」

「何を……とは?」

「いや、一人だけ教室に残って何をしているのかなと思って」

「何も。今から昼食を食べるところですが」


 何気なく言ったつもりだったが、キーストンは大層驚いた様子だ。


「……ここで?」

「はい」

「一人で?」

「はい」


 そう言うと、なぜかキーストンは笑いをこらえている。


「……何か?」

「いや、なんでもない。やっぱり君は興味深いなぁって思っただけだよ」


 キーストンはそう言ってアリシアの顔をのぞき込む。


「でも、君。ここで食べるって食べるものを持ってきているって事?」

「はい、サンドウィッチです。皆様も食べていますでしょ?」


 何気なくアリシアは答える。


「ああ、そういう事か。でも、外で食べないの? みんな今日は天気が良いからって外で食べているみたいだよ?」

「そう……ですね。でも、昼食は自分のペースでゆっくり食べたいので」

「ふーん、なるほどね。じゃあ、俺もここで食べようかな」

「え」


 そう言ってキーストンもおもむろにサンドウィッチを取り出す。


「そんなに驚く事じゃないと思うけど?」

「あ、いえ。生徒会室にはお付きのシェフがいると聞いていたので」

「あー、うん。確かに美味しいけど、たまにこういったモノも食べたくなってさ」

「なっ、なるほど。そうですか」


 アリシアも「それはなんとなく分かる」と苦笑いを見せた。


「……君ってさ。本当に変わっているよね?」

「はい?」


 キーストンはそう突然切り出した。


「普通は令嬢に限らず女の子って数人くらいで固まって行動するモノだと思っていたからさ、意外だなぁと思って」

「意外……。そうかも知れませんね。でも、私は自分のやりたい事がありますし、それに……正直時間がいくらあっても足りない状態なので、余裕がないと言いますか……」


 そう自分で言いながら、アリシアは「それってヴァーミリオン家として今の発言はどうだろう」と思った。

 通常、家同士の付き合い……いや、貴族同士の付き合いというのは大事だ。


 しかし、今のアリシアの発言はそれらを無視したモノに他ならない。


「ふふ、やっぱり君。面白いね」

「え?」

「その君のやりたい事ってあれ……魔法に関するモノでしょ?」

「はっ、はい」


「普通、貴族の令嬢はどの家に嫁ぐかってところに重点を置くところだけど、君はそうじゃなく自分で何かを成し遂げたいと思っているワケだ」

「えっ、えと。すみません」


「別に怒っているワケじゃないよ。むしろ大事な事だと僕は思うし、そういったひたむきなところをあいつらは気に入ったんだろうし……」

「?」

「つまり、僕も君が成し遂げようとしている事に興味があるって事」


 そう言ってキーストンはアリシアに顔をグッと近づけた。


「はっ、はぁ……」

「だから、君に期待しているって事だよ」

「期待……ですか。がっ、頑張ります」

「ふふ、いいねぇ。頑張る女の子は僕、好きだよ」


 キーストンはそう小さく呟く。


「え、あっ。あの」


 アリシアは突然言われた言葉に思わず顔を下に向けて赤くする。


「へぇ、これくらいで真っ赤にしちゃって……かわいいなぁ」


 そう言ってキーストンがさらに距離を近づけようとしたところで……。


「おい」


 突然低い声が上から降ってきた。


「っ!」

「あれ、カイニスどうしたの?」


「どうした? じゃない。キーストンお前こそこんなところで何をしている」

「何って、昼食とっているところ」

「今のどこが食事中だ?」


 そう言うカイニスの目は鋭い。


「えー、何。嫉妬? 男の嫉妬は見苦しいよ?」

「誰のせいだ!」


 その声と共にカイニスはキーストンの頭に鉄拳を食らわせた。


「いっ……たっいなぁ」

「サッサと行くぞ」

「はーい」


「アリシア嬢も悪かった。謝罪も兼ねて今度生徒会室に来ると良い。昼食をごちそうする」

「そっ、そんな! 私は大丈夫です。驚きはしましたけど」


 生徒会のメンバーでもないのに生徒会室に行くという事は、それだけで目立つし、また変な噂を立てられてしまう可能性がある。


「しかし……そもそもコレは俺の監督不行届が原因だ」

「いえ。たっ、確かに距離は少し近かったですけど、ちょっとお話していただけなので、私は全然気にしません。だから、カイニス様も気にしないで下さい」


 アリシアがそうニッコリと笑いながら言ったのだが、カイニスはまだどこか納得していない様だ。


「ふぅ。カイニスの気持ちも分かるし、そもそも僕のせいだけどさ。生徒会のメンバーでもない人間が生徒会室に行ったら、変に目をつけられちゃうよ。ただでさえ彼女、影で色々言われているみたいだし」

「そんなヤツらは言わせておけばいい」

「君はそれで良いかも知れないけどさ。彼女と僕たちはそもそもクラスが違う。そういった事も含めて考えてあげないと」


 キーストンがそう言うと、カイニスは「そもそもお前が原因で、それを分かって上で言っているのか」と言いたそうな視線を向ける。それにはアリシアも同感だ。


「しかし、そうだな。俺の考えが甘かった。アリシア嬢」

「はい!」

「何か困った事があったら言ってくれ、出来る限り対処しよう」

「あっ、ありがとうございます」


 アリシアがそう言うと、カイニスは一礼してキーストンを引きずるように連れてそのまま生徒会室がある方向へと歩いて行ったのを見送ると……。


「あ、早く食べなきゃ」


 アリシアは急いで昼食を食べ、いつもの様に図書室に向かうのだった。

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