②ルイス
そんな事があった翌週――。
「……うーん」
昼休み、アリシアは一人で図書室に来ていた。
『学校の校内にはさすがに入れませんので』
クリスからその一言を聞き、これからは昼食を教室で食べた後はここで過ごそうと心に決めた。
「それにしても、さすが魔法学校。魔法に関する本がたくさん並んでいるわね」
アリシアの家の書斎もかなりの量の本があったが、ここはその書斎の比ではなく、それに加えてその内容のほとんどが『魔法に関するモノ』ばかりだ。
「一日一冊読んだとしても全然足りないわ」
現在、アリシアはBクラスに所属している。
しかし、実はクラス内でアリシアの存在はかなり浮いていた。でもまぁ、入学式前の講堂前で王子二人と現宰相の息子。
そして、義理の弟の現生徒会の面々が「Bクラスはおかしい」などと言えば、嫌でも目に付くし目立った。
それに加えてアリシアは王族の次に権威を持つ公爵家の令嬢。
Sクラスであれば、多少は打算も含めて声をかけられたかも知れないが、Bクラスは貴族の中でも身分が低く、また庶民出身者もちらほらいる。
そんな中で、アリシアと仲良くなろうと思う人物は……誰もいなかった。
「ちょっと見て、ヴァーミリオン家の令嬢よ」
「Bクラスだからこんな時間でも勉強しないとついていけないのよ」
「全く、生徒会の皆さまはこんな方のどこを気に入っているのかしら」
「それは弟さんがいるからじゃないかしら」
「そのアインハルト様は立派に生徒会の務めを果たしていますモノね」
代わりに増えたのはアリシアに対する陰口、悪口の数。
幼少期はアリシアの耳に入る事はごく稀だったのだが入学式以降は、むしろアリシアの耳にわざと聞こえる様に言っている様だ。
「……」
しかし、そんな令嬢たちを相手にしている暇はアリシアにはない。
それに、公爵家令嬢のアリシアにとやかく言う事はあってもそうそう直接手を出すような人間はいない。
「とりあえず、魔法陣の改良から……かしら」
そんなワケで、クラス内どころか学校でも浮いた存在になってはいたものの、近寄ってこない事をいい事にアリシアは一人研究に没頭する事が出来た。
「そもそも、試験期間ぐらいにならないと図書室に来るモノ好きなんてそうそういないけどね」
なんて呟きつつアリシアは本をめくる。
アリシアは、小さい頃から「常時発動型の魔法」について調べていた。そして、それが実現し魔法道具に生かす事が出来たとしたら……きっと将来の役に立つだろうと確信していたのだ。
「はぁ……とは言っても」
実際のところ、そう簡単な話ではない。
現に、その研究の過程で『氷魔法』を独自に生み出し使える様になったが、それも保って数秒くらい。常時発動と言うには程遠い状態だった。
「長期戦を覚悟はしていたけど、十年もかかっても……この程度か」
自身がかけてきた時間と研究の成果が結びついていない事に、思わずため息が漏れる。
「――そんな風にため息をついていたら幸せが逃げてしまいますよ」
「?」
ふいに聞こえた声に、アリシアは声の主を思わず探す。
「こんにちは」
「ルッ!」
「おっと」
声に主に驚いたアリシアは思わず声を上げそうになったが、声の主であるルイスはそれを人差し指をアリシアの唇に当てる事で制した。
「!」
その事実にアリシアの顔はどんどん真っ赤に染まる。
「ふふ、真っ赤なりんごの様ですね」
「ルッ、ルイス様。どうしてここに……」
確か今は生徒会の仕事中のはずだ。
「生徒会で必要な資料を探しに来ていただけですよ」
「そっ、そうですか」
アリシアはそう言いつつ少しずつ距離を離す……が。
「アリシア様はどうしてこちらに?」
距離を離した分だけルイスが距離を詰める。
「わっ、私も少し調べ物を……」
両手で顔を近づけてくるルイスを制しているが、果たして効果はあるのだろうか。
「ふふ、さすがにこんなところで迫りはしませんよ」
「……」
「ここでは……ですが」
ルイスはカイニスと同じ髪色をしているが、瞳の色を含めて顔は違い、カイニスは力強い男性という感じだが、ルイスはどことなく儚い雰囲気も持ち合わせている。
そんなルイスにアリシアは「絶世の美少年だ」と感じていた。
「しかし、アリシア様の真面目さには頭が下がるな」
「そっ、そんな! 私のは授業に全く関係のないモノですので」
「そう謙遜することもないと思うけど……まぁ、いいや。隣いい?」
「……え」
そこでアリシアは「どうしよう」と視線を泳がせたのだが……まぁ、そんな事はルイスには関係なく、返事を待たずに座った。
「じゃあ俺は姉さんの前に座ろうかな」
ルイスが座ったと同時にそう言ってアリシアの前に座ったのは、義弟のアインハルト。
「おや、どうして君がここにいるのかな?」
「生徒会の仕事は早々にお開きになりました。どこかの誰かが完璧に仕事を終えてくれていたおかげで」
そう言いつつアインハルトは鋭い視線をルイスに向ける。
「へぇ、それは優秀な人がいたもんだね」
「ええ、おかげで昼休みを姉さんと過ごせますので。そこだけは感謝したいですね」
ルイスとアインハルトはそんな事を言っているが、どうにも言葉の端々に棘の様なモノを感じる。
「姉さんが良ければなんだけど、俺もここで勉強してもいいかな」
「えっ、ええ。もちろんよ」
そんな二人のやり取りを聞いていたアリシアは、突然アインハルトにそう聞かれ、思わずうなずいた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ、よかった」
「お疲れの様ですね。お嬢様」
「ええ」
「学校生活も始まったばかりでお疲れなのかも知れませんね」
そう言ってカナは優しく微笑みながら紅茶を入れる。
「ありがとう、カナ」
「いいえ。クリス様に何度も教えて頂いているのですが、なかなか上手くいきませんね」
「そんな事はないわ」
「ですが……」
「とってもおいしいわよ?」
「ありがとうございます。これからも精進してまいります」
カナがそう言うとアリシアは「期待している」と言って笑った。
「そういえば、最近クリス様とはお会いになりましたか?」
「クリスと? ええ会ったわ。なんでもアインハルトに言われて……だったみたいだけど」
「大丈夫ですか?」
「何がかしら?」
「お嬢様はずっとクリス様と一緒でしたので……その、私がクリス様の代わりが務まっているのか心配で……」
「大丈夫よ。私ももう子供じゃないんだから」
そう言って笑うと、カナも「そうですね」と返す。
実は、クリスは一度ヴァーミリオン家の執事を解雇されそうに事がある。
それは、カイニスとのお茶会で「お嬢様。つまりアリシアの危機を救えなかった事に対する責任のため」というモノだったのだが……。
「あの時のお嬢様が必死に旦那様を説得していましたね」
「ええ、そうね」
当時のアリシアと言えば「ワガママ気ままな公爵令嬢」と噂されるほどの性格の悪さだった。
しかし、毒を飲まされた日の朝の時点でアリシアは「前世の記憶」を取り戻しており、アリシアはその時の自分が世間でどう見られているのか知っていた上で自身の父に「盛大な駄々をこねた」のだ。
そして「クリスがいかに自分にとって重要か」や「クリスの代わりに自分を諫めてくれる相手はいない」などと必死に説得し、クリスの解雇を取り消させた。
「私も以前お嬢様に救っていただきました。今度は私がお嬢様をお守り致します」
「あっ、ありがとう。確か、色々な体術を取得したって聞いたけど……」
「はい。私は残念ながら魔法を使う事は出来ません。ですが、それ以外の方法を模索した結果です」
「そっ、そう」
カナはアインハルトの魔法で一度大怪我を負いそうになっている。
それをアリシアは助けたのだが……それ以降カナは自分を守るだけでなくアリシアを守れるほどの実力を身につけていた。
「本当に、みんな成長著しいわね。十年経っても何も変わらない……私と違って」
「お嬢様?」
「いえ、なんでもないわ」
アリシアはそう言って「大丈夫ですか?」と気遣うカナに対し「大丈夫よ」と笑顔を返したのだった――。
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