第6章 ああ麗しき学校生活
①カイニス
学校が始まりあっという間に数日が経過したある日……。
「クリス。お願いがあるのだけれど……」
「はい、なんでしょう」
――アインハルト様の「お願い」という言葉を要約すると「命令」になるのは、不思議ですね。
しかし、クリスはヴァーミリオン家に仕える執事。つまり、クリスに否定権はよほどでない限りない。
「――という事で、お願い出来るかな?」
「了解致しました。お任せください」
アインハルトの「お願い」の内容を聞き、クリスは「失礼します」と部屋を後にした――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
魔法学校の生徒会の人数は五人。その人選は、入学試験の上位五位以内と決められている。
役職は生徒会長、副会長、書記、会計、庶務……とここら辺はアリシアがいた前世の生徒会ではよくあるモノだった。
「ふぅ」
歴代の生徒会長は試験一位の人物が通例で、私たちの世代ではカイニスだ。
そして『物語の主人公』つまりヒロインは、そんな生徒会のメンバーに入っている。
「はぁ」
確か、生徒会の活動は大体昼休みか放課後に行われる事がほとんどで、その内容は学校行事の運営だ。
「毎日忙しそうにしているし、ちゃんと昼食取れているかしら?」
その学校行事に教師が手を出してくる事はほとんどなく「自主性を重んじる」と言えば、聞こえが良いかもしれないが、要するに丸投げである。
「……」
基本的に学校生活で使用人はいない。
つまり、クリスも……と言いたいところだが、クリスはアインハルトについている。さすがに男子禁制の女性寮に、男性のクリスは連れて行けなかった。
「はぁ」
学校に入学して数日しか経っていないが、言い換えると「数日も経っている」だ。
その間も生徒会の仕事は入学して数日の内に山積みとなっていて……それは、普通の人から見れば「コレ、終わるの?」という量を一日で終わらせる。
「さてと……」
「――もう戻るのか?」
「え」
アリシアが驚きつつ振り返ると、そこには……。
「かっ、カイニス様!?」
「はは、そんなに驚くか」
まるでイタズラに成功した少年の様に笑う、第一王子の姿だった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どっ、どうしてここに」
ここは学校でも端の方にある場所で、緑が生い茂っていてそこにベンチがある特徴……というより、それくらいしか特徴がない、何の変哲もない場所だ。
そんな場所に我が国の第一王子が訪れるには……少し場違いな感じがする。
「緑がな……好きなんだ」
「そう……ですか」
思えば、カイニスが最初にアリシアを誘ったのも温室だった。
「男の俺が変に思うかも知れないがな」
「そんな事ありません。とても……素敵です」
アリシアは思った事を言っただけだったのだが、カイニスは突然顔を赤くし、顔を手に当て「そうか」と呟いた。
「そっ、そういえば、授業の方は……どうだ」
話題を変えようと慌ててカイニスは問いかける。
「問題ありません。毎日励んでおります」
「そうか。しかし、魔法をあれだけ器用に扱える君だ。授業は退屈じゃないか?」
「そんな事はありません。新しい発見もありますし、忘れていた事の復習にもなります」
「……君は、いつも一生懸命だったな」
「え」
カイニスはアリシアの方を見ながら微笑む。その笑顔は、本当に『ゲーム』で見たまま……。
「あれ、でも。一生懸命? あの、私」
アリシアはふと、先程のカイニスの発言に引っかかりを覚えた。
「ああ。君が俺の前で素晴らしい魔法を披露してくれた事は今でも鮮明に覚えている」
「おっ、覚えていたんですね」
「むしろ忘れる方が難しいと思うけどな」
そう、アリシアは自分しか使えない『氷魔法』を確立し、それをカイニスや国王たちの前で披露した。
まぁ、コレはアリシアの父。ヴァーミリオン公爵の進言もあっての事。
しかし、それ以外でカイニスの前で魔法を使った記憶がアリシアにはない。
「まぁ、それもあって……と言いたいところだが、実は……だな」
「?」
カイニスは珍しく言いにくそうに自身の頬をかきつつ……。
「あー、その。一度だけ、君が魔法の練習をしているところを見た事があって……だな」
照れくさそうにそう言った。
「え、いっ……いつですか!」
「あーっと」
カイニス曰く、それを見たのはアリシアの体調も回復し、見舞いではなくヴァーミリオン家でお茶会をたまにする様になった頃の話らしい。
「訪れる前にはいつも手紙を出すようにしていたのだが、一度だけ偶然時間が出来て……だな」
本人としては「突然訪れて驚かせよう」と思っていただけらしい。
「だが、ヴァーミリオン家を訪れてコソコソと君の姿を見に行った時」
その時、ちょうどアリシアは魔法制御の練習をしているタイミングだった様だ。
「俺はその時『どうして、魔法制御の練習を?』なんて考えず、とにかく一生懸命に練習に励んでいる君に釘付けになった」
「……」
「一生懸命頑張る君に、いつも凛としている君。驚いた時にふいに見せる表情。それに……」
「かっ、カイニス様?」
アリシアがカイニスを見上げる様に尋ねると……。
「君の笑顔はとても愛らしい」
カイニスの手がアリシアの頬に触れた。
「あっ、あの……かっ、カイニス様」
「何?」
「学校で……こんな誰が見ているか分からないところでそんな事は言わない方がいっ、いいと思います」
「なぜ?」
「なぜ……って、私はただの公爵令嬢ですので」
そう言ってアリシアは少しカイニスから離れる。
「ふむ、そうか。それならいっそ……」
「!」
カイニスが少し考え込むような仕草をしたところで、アリシアは「しまった」という表情を見せた。
それはカイニスも分かっていたが、それでも多少強引になっても事を進めたいとカイニスは思っていたのだ。
「俺の……」
そう言葉を続けようとしたところで……。
「――お嬢様」
「くっ、クリス!」
タイミング良くヴァーミリオン家執事のクリスが二人の会話に割って入る様に現れた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「たっ、助かったわ。クリス」
「いえ、アインハルト様の指示ですので」
「え?」
「お嬢様が何かと危なっかしいので、人気のないところで一人になりそうな時は出来る限りついていて欲しい……と、申しつけられました」
基本的に使用人が学校に現れる事はないのだが、主人の命となれば話は別だ。
現に、クリスが現れた時もカイニスはアリシアを強くは引き止めなかった。
「あの子には私がそんなに子供に見えるのかしら」
アリシアは不服そうにしていたが、カイニスはアインハルトの命によりクリスが動いたことを何となく察している様だった。
――多分、こういった時の牽制の意味も……いえ、むしろこちらが本当の理由でしょうね。カイニス王子も似たようなモノだから見逃した……というところでしょうか。
アリシアは特に気にしていないが、クリスは明らかに王子二人から好意を持っている事に気がついている。
――ですが、まさかあそこまで強引に迫るとは思いませんでした。
それだけアリシアを想っているという事なのだろうか。
――それにしても、主人たちのああいった場面に遭遇すると……なかなか気まずいですね。
それと同時に「アリシア様、そこはちゃんと抵抗しないと」と遭遇してすぐにため息をついた事は……クリスは自分の心の中だけで止める事にした。
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