⑤行き場のない気持ち
魔法学校の入学試験は『魔法量』を重視している。だからこそ、魔法学校に入学させようと躍起になる貴族は多い。
そして、この『魔法量』は生まれ持った才能という一面が強いが、多少なら幼少期にある程度訓練をすれば増やす事が可能だ。
しかし、昨今この「魔法量を増やす訓練中に起きる事故」が多発していた。
その原因の多くは「増えた魔法量を制御しきれずに暴走させてしまう」というケースがほとんどである。
――で、どうしてそんな話を唐突に始めたかというと……。
「危ない! 姉さん!」
「お嬢様! 逃げて!」
アリシアの目の前に迫っているのは大きな竜巻。そして、それはアインハルトが放ったモノだった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そもそも事の発端は、魔法の模擬戦をやってみるというところからだったのだ。
ちなみにこういった魔法の模擬戦は、魔法制御だけでなく魔法量を増やすには持ってこいらしく、頻繁に行われていた。
――お嬢様も最初は何とか防御や避けるなどしていましたが。
そもそもアインハルトはその魔法量を見込まれてヴァーミリオン家に引き取られた身。魔法量がそこそこのアリシアは最初から劣勢をしいられていた。
しかし、時間が経つにつれアインハルトは自分のなかなか攻撃が当たらない事に苛立ち始めた……のがいけなかった。
「あっ!!」
普段からアインハルトは魔法を使う時もあまり力を出し過ぎないように自分自身で制御をしている。
それは、元いた家で一度、自分の兄がいじめてきた時の自己防衛として使った事がきっかけだったらしい。
しかし、彼もまだ子供。ちょっとした感情の起伏で力の制御が出来なかった。
「姉さん!」
だが、大きな竜巻を前にしてもアリシアは動かない。
なぜなら、彼女のすぐ後ろには……カナが腰を抜かしてしまっていたからだ。
「お嬢様! 私の事は気にせず逃げてください!」
そうカナは言っていたが、アリシアはそれが聞こえていないのかあえて無視しているのか、クリスがいた位置からは分からない。
「……さすがの魔法量ね。普通に真っ向から対処は出来ないわ。でも!」
アリシアが手をかざし魔法を発動させると――。
「――え」
目の前にあった大きな竜巻が……小さな小さな氷の結晶と共に何事もなかった様に消えてなくなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その魔法の模擬戦はそのまま終わったのだが、すぐに旦那様に連絡がいったのか、その家庭教師は即日解雇となった。
――まぁ、そもそも使用人に対しては傲慢な態度で、アインハルト様が魔法を暴発させてしまった時は真っ先に逃げていましたから、当然の対処でしょうね。
あの後、アリシアは魔力の使い過ぎにより倒れ、夕方には目を覚ましていた。
「ごめんなさい。姉さん。本当にごめんなさい……」
そう言って謝るアインハルトは、さながら耳を下げてしょんぼりとしている動物の様だった。
「僕、気が付いたらあんな……本当にごめんなさい。こっ、これからはもっと気をつけて……」
「――アインハルト」
アインハルトは「とにかく謝らなくちゃ」という気持ちでいっぱいいっぱいになっていた様だ。
しかし、アリシアはそんなアインハルトに対し落ち着く様に促す。
「なっ、何?」
「ここ最近、貴族の令嬢や令息が魔法量の訓練中に暴走や暴発させてしまう話は聞いた事があるわよね?」
「うっ、うん。それで家を焼いてしまったというのも聞いた事がある」
突然そんな事を言われ、アインハルトは困惑しつつも答える。
「私はそれが魔法量を増やす前に、ある程度自分で魔法を操れるようなっていないからだと思っているの」
アリシアは真剣な眼差しをアインハルトに向ける。
「いや、でも目下の目標は魔法学校に入学しSクラスに入る事。生徒会に入れたらそれこそ将来の成功を約束されたようなモノ。そのためには魔法量を増やさないと」
――確かに、アインハルト様の指摘はいわゆる「一般的な常識」でしょう。
そうクリスもそう思っていた。アリシアの話を聞くまでは。
「確かにそうね。でも、考えてみて。例えば魔法量が一般的な人が訓練を行った事で魔法量が増えて、以前の感覚で魔法を使った時。本当に魔法の出量は以前と同じかしら?」
「そっ、それは……」
「事故の原因のほとんどは、本人が魔法量の増える前と同じ感覚で魔法を使ってしまったというモノ。だから、魔法量を増やす事を前提とするなら、それだけ増えている事を自覚する必要があると、私は思うの」
「……」
「先日、アインハルトが聞いたわよね。『なんで姉さんは魔法量を増やさないで、制御する方法ばかり学んでいるの?』って、一番の理由はそれよ」
そう言ってアリシアはアインハルトの様子をうかがう。
「……」
「まぁ、力勝負になったら確実に私は負けるだろうから、持久力戦に持ち込めてギリギリってところね。あの時のあなたも疲れていたから、空気中の水素と炭素を風魔法に応用してかき消したけど、正直、最初からあれだけの魔法を出されていたら打つ手なしだったわ」
「そっ、そうだったんだ」
サラッと答えたアリシアに、アインハルトは固まった。
――まぁ、そうでしょうね。風魔法に空気中の水素を利用して……なんて見た事も聞いた事もないでしょうから。
「ねっ、姉さん……それ、ものっすごい事だって自覚ある?」
「え?」
「そもそも魔法を二種類使える時点ですごい事だからね! しかも、これだけ使いこなせているなんて……姉さんはすごい!」
そう言って目を輝かせていたアインハルトだった。
だが、後日アリシアから「私の得意魔法は氷よ」と聞かされて度肝を抜かされる事になる。
――そもそも「風」はともかく、あの時のアインハルト様は「どうして水素?」という表情を見せていましたからね。全く、お嬢様の考える事はよく分かりません。
そして、そこからアインハルトのアリシアを見る目が変わり、それが恋慕に変わるのに……そう時間はかからなかった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれだけの実力があれば、魔法量なんて関係ない。それを教えてくれたのは姉さんなのに」
思えば、昔から姉さんの周りにはたくさんの人がいた。
この国の王子二人は確実にアリシアに惚れているのは見ていればすぐに分かるし、現宰相の令息のキーストンは……分からないが、とりあえず興味を持っている事は分かる。
アインハルトは我ながら歪んだ感情を持っていると自覚はしていた。
「こんな感情を持つ事自体許されない」
それでも、アリシアの魔法に真剣に取り組んでいる視線や、たまに見せる笑顔のギャップ。コロコロ変わる表情に気が付けば……それは尊敬とは違うモノだと嫌でも自覚させられた。
「……」
小さい頃はよく一緒に勉強をした。そして、それはこの学校に通う様になってからも変わらない……そう思っていたのに。
「アインハルト様」
「……クリス」
短いノックと共に現れたのは、執事のクリスだ。
「そろそろ就寝時間でございます」
「ああ、分かった」
クリスはアリシアの専属執事だった。
しかし、魔法学校の女子寮は基本的に男子禁制。それは使用人にも当てはまり、クリスはアインハルトにつく事になった。
「……クリス」
「はい」
「本当に、姉さんはBクラス……なんだよね」
「……はい。特に変更の連絡もありませんので」
淡々と答えるクリスに、アインハルトは小さく「そう……だよな」と呟いた――。
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