第5章 クラス分けと入学式


 あっという間に月日は流れ、アリシアは前世で亡くなった年齢の十五歳を迎え、明日は魔法学校に入学する……という段階になった。


「うぅ……」

「お嬢様、眠れないのですか」


 いつもであればすでにアリシアは寝ているはずだ。しかし、状況が状況なだけになかなか寝付けないらしい。


「そりゃあ」

「――そうですね。明日からが本番……ですからね」

「ええ」

「……」


 ――明日からがいよいよ本番。さすがに分かりきっていても、前日の今日は……という事でしょうね。


「ごめんなさい。こんな時間に……」

「いえ」


 アリシアは申し訳なさそうにしているが、どことなく肩を振るわせている。


 ――さすがに自分の未来に直結するというだけあって、お嬢様が不安になるのも無理ありませんね。


 クリスはアリシアから事前に話を聞いている事もあり、比較的冷静だ。


 ――この『物語』というモノに確実に関わり、日々気を張り詰めるお嬢様に冷静な判断をさせるのは酷というモノでしょう。


 ただでさえ魔法学校は貴族が多い。あの誕生日を皮切りにお茶会や舞踏会に呼ばれる事も増えた……が、それは旦那様が参加されるモノに付き添いという形のみだ。


 だからなのか、アリシアはギリギリ両手で数えられるくらい回数しか参加していない。


 ――それでもお嬢様は会の後はお疲れの様子。それくらい気が休まらないというのに……。


 これからは毎日そんな貴族たちと顔を合わせなくてはならない。


 ――一応、庶民の方もいらっしゃる様ですが……それはそれでお嬢様に気安く声をかけてくる方はいらっしゃらないでしょうね。


「姉さん? まだ起きているの?」


 ノックが聞こえ、扉を開き一人の少年が姿を現す。


「あっ、アインハルト。ごめんなさい」


 アリシアは「アインハルト」と呼んだ少年に向かい申し訳なさそうに謝る。


「いや、いいんだけどさ」


 アインハルトはなぜか少し照れくさそうに自分の頬をかく。


「そんな事より、明日は入学式だよ? こんな時間まで起きていて大丈夫なの?」

「え、あ……うん。そうよね、今から寝るから大丈夫よ。」


 アリシアはそう言っているが、不安そうにしている様子は誰がどう見ても大丈夫じゃない。


「そう……?」


 それが分かるのか、アインハルトは怪訝そうにアリシアを見ている。


 ――まぁ、仕方がないでしょうね。コレでは完全にやせ我慢にしか見えません。


 アインハルトは、旦那様が養子に連れてきた少年。ちなみに、アリシアにとっては本来遠縁の親戚筋に当たる……らしい。


 ――旦那様から説明は受けたようですが……お嬢様曰く「遠すぎる」という事の様ですから、本当の「遠縁」なのでしょうね。


 生まれは数ヶ月違い、アリシアの方が先に生まれているためアリシアにとっては義理の弟に当たる。


 ――しかし、まさかアインハルト様がお嬢様の言うところの『攻略対象者』だったとは。


 アリシアが書いた『攻略対象者の名前』には姓がなかった。だから、まさか義理の弟になる人物だったとは……とその事実に驚いた。

 そして、アリシアも「物語だとアインハルトは引きこもりだったから、カイニス王子には全くと言っていいほどが関わりなかった」との事。


「クリス」

「はい」

「姉さんにホットミルクでも……」

「そうですね。かしこまりました。カナ」


 クリスは近くに控えていたカナに声をかける。


「承知致しました。すぐに持って参ります」


 アインハルトは旦那様によく似た金髪で翡翠の目をした美形な少年で、執事長曰く「若い頃の旦那様を彷彿とさせる」見た目だそうだ。

 そして、アリシアは若かりし頃の奥様にそっくり……と密かに言われている。


 ――お嬢様は薄い翡翠ですが、アインハルト様は濃い翡翠の色をしていますね。


 そう、アインハルトは将来的に旦那様の仕事を引き継ぎ、旦那様に代わってヴァーミリオン家を支える予定の人物だ。


 そんなアインハルトだが、実はアリシアが言っていた『物語』の中では開始時点。つまり、魔法学校入学時点では引きこもりという設定だったらしい。


 ――そうなってしまった原因はお嬢様曰く「私のせい」だと言っていましたね。


 アリシア曰く、なんでも『物語』の本編が始まる前に突然現れた「義理の弟」という存在に対し、物語中のアリシアはアインハルトをいじめた。

 小さい頃からいじめられ続け、次第にアインハルトは外に出る事を止め、引きこもりになった……との事らしい。


 ――それでいて『魔法量』はお嬢様よりも格段に多い。それも含めて、お嬢様は旦那様から聞かされて、アインハルト様に嫉妬していたかも知れませんね。


 アインハルトが養子としてヴァーミリオン家に来た最大の理由は『魔法量の多さ』だった。

 そういった経緯もあり、引きこもりでもアインハルトは魔法学校に通ってもらわないといけない……という事情があったのだろう。


 ――しかし、今のお嬢様はその『物語』中のアリシア様とは似ても似つきなません。当然、いじめていないのですからそんな事にはなりませんね。


 そういえば、アリシアは「前世」では兄も弟も姉も妹もいなかったと聞いている。

 そして今のアリシアは「実は下に弟か妹が欲しかったの!」と、むしろ好意的にアインハルトを迎え入れた。


 ――最初の頃はアインハルト様も公爵令嬢であるお嬢様に対してどことなく遠慮されていましたが……。


「ありがとう、アインハルト」

「いいよ。明日から学校が始まるんだから、ちゃんと休まないと」


 今のアリシアとアインハルトは良好な関係を築いている。コレも仲良く幼少期を過ごした結果だろう。

 だから、今のアインハルトは引きこもりになる事もなく、こうしてなかなか眠れない義理の姉を案じ、メイドにホットミルクを頼むほど姉思いの心優しい少年に育った。


「そうね。それを飲んだらちゃんと寝るわ」

「うん」


 そう言ってアリシアに向けるアインハルトの笑顔は優しい。もし近くに貴族令嬢がいようものなら、全員悩殺されていただろう。


 ――それにしても、お嬢様が心配でお嬢様が参加された会ではほとんどお嬢様のそばを離れず周囲を威嚇しているお姿は……もはや姉弟きょうだいあいを通り越している様にすら思いまね。


 もちろん、アリシアと過ごしている内にそうなった……とも言えるだろう。しかし、アインハルトがそうなったのに『ある出来事』が関係していた。

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