⑤キーストンの思い
「本日は皆様我が娘アリシアの誕生会にお越し下さり誠にありがとうございます」
「――ありがとうございます」
旦那様の言葉と共に、アリシアはスカートの裾を上げ深くお辞儀をする。
『おめでとうございます!』
拍手と共に聞こえるアリシアを祝福する声。
そんなたくさんの貴族たちの中にカイニスとルイス。そして、先ほどのキーストンの姿もある。
そうして皆様の前での挨拶を終えたアリシアをたくさんの貴族たちが取り囲む。
「お初にお目にかかります、アリシア様」
ほとんどの人たちはアリシアに挨拶をする時、お決まりの様にそう言う。
クリスはそんな貴族たちを「お決まりの言葉になってしまうのは仕方のない話でしょうね」と思いつつ、大量の料理を出したり洗い物の食器を持って行ったりと他の使用人同様忙しなく動いていた。
アリシアは、本来であればカイニスと会った後、華々しく『お茶会デビュー』し、社交界に出る予定だった。
しかし、そこで予想外の事態に遭ってしまい、そこから「他の貴族のお茶会」を始めとした「外食」を極力避けていた。
――まぁ、それも何がきっかけで婚約者になるか分からないから……という理由からなのですが。
そういった経緯もあるため、今日の誕生日会が記念すべきアリシアの社交界デビューなのである。
――それにしても、本当に忙しいですね。
料理が盛りつけられている食器の後片付けもそうだが、グラスの量もすごい。
その上、料理も飲み物も大量で、それを配膳しているクリスたち使用人はずっと大広間を右往左往していた。
「クリス」
そんな中、大量のグラスをテーブルに並べていたクリスを一人の執事が呼び止めた。
「はい」
「ここはいいのでお嬢様について下さい」
「?」
「旦那様は他の方たちと話をしていて忙しいです。カナもいらっしゃいますが、クリスもいた方がいいでしょう」
この執事は、ヴァーミリオン家の執事たちを束ねている執事長で旦那様の幼少期を知っているほど昔からヴァーミリオン家に仕えている一番の古株だ。
「分かりました。えと……」
クリスは持っていた大量のグラスをどうしようかと視線を泳がせた。
「ふふ、それは私が引き受けましょう」
「すみません。よろしくお願い致します」
我ながら間抜け思ったのか、クリスは若干の恥ずかしさを感じつつ、その執事に託した。
――さて、お嬢様は……。
そうしてアリシアを探して大広間を歩いていると……。
「クリス」
「はい、あ。お嬢様」
声をかけられ振り返ると、アリシアはどこかホッとした様子でクリスを見た。
「どうかされましたか?」
「いえ、ちょっと……疲れちゃっただけ」
確かに、アリシアの顔には少し疲労が見える。
「こうした行事は初めてですから疲れたのでしょう。飲み物をお持ちしましょうか?」
「大丈夫、いいわ」
「ですが……」
「それに、そろそろダンスが始まると思うから」
アリシアがそう言った瞬間、音楽が鳴り始めた。
「――そのようですね」
あまりにもタイミングがバッチリで、クリスは思わず笑った。
「こっ、こんなにタイミングバッチリだと思わなかったのよ」
そんなクリスに対し、アリシアはそう言って少しふて腐れた。
「アリシア様」
「はい」
突如呼び止められてアリシアが振り返ると、そこにはカイニスとルイスがいる。
「よろしければ踊って頂けますか?」
「次はぜひ僕と」
――ちゃんと二番目に名乗り出る辺りさすがですね。
そんな王子たちを差し置いて名乗り出る無礼な貴族はいない。
「え、カイニス様が?」
「次はルイス様が!? お二人がダンスを自主的に誘うなんて!」
それどころか、王子たちが二人揃って同じ人にダンスに誘う……という事が珍しいらしく、貴族たちはざわついていた。
しかし、どうして貴族たちがここまでざわついているのか……その理由を今日が社交界デビューのアリシアだけでなくクリスも知らなかった。
「喜んで」
当然、王子からの誘いに断る事はない……というより出来ない。だからアリシアは笑顔でそれに応じていたのだが。
若干笑顔が引きつっている様に見えたのは……多分、クリスの見間違いじゃないだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ねぇ、知っている? カイニス王子、ここ最近よくヴァーミリオン家に来ているらしいわよ?」
ダンスが始まってすぐ頃に、誰かがそんな話を始めた。
「え、それじゃあやっぱりあの噂は本当なのかしら?」
「アリシア様をカイニス王子の婚約者に……ってよね」
「やっぱりアリシア様かしら?」
「え、でもルイス王子もアリシア様と面識があってお茶会もお二人でしたって聞いたわよ?」
――随分好き勝手に言っていますね。それにしても……。
そこまで詳細が伝わっているとは…と、その貴族たちの会話を聞きながらクリスは感じた。
しかし、アリシア様が自分からそういった話をする事はあり得ない。それに、そもそもそういった話をする相手はクリスやカナくらいしかいないはずだ。
――あり得るとしたら、やはり王宮の使用人でしょうか。
だが、当然こんな噂されている事をアリシアは知らない。
――いえ、噂話なんてどこからでも湧いて出てくるモノですよね。それを言い出したらキリがありません。
そうこうしている内にアリシアはカイニスとのダンスを終えたらしく、近くに控えていたルイスがアリシアの手を取り、そのまま続けてダンスを始めた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ」
「お疲れ様です。お嬢様」
クリスの言葉にアリシアは「ありがとう」と答える。
「それにしても、何というか……他の貴族たちの視線が……」
――さすがに気がつきますか。
アリシアが踊っている時は他の貴族たちも一緒に踊っていた。
――基本的には主役が踊っている時は他の方が一緒に……という事はないらしいのですが。
しかし、今日の誕生日会がアリシアの社交界デビューでもある。ただでさえ緊張しているところに「周りの注目を全て受けながらのダンスは、アリシアが可哀想だ」という旦那様の考えで、この様な対応になった。
そして、王子たちも誕生日会が始まる前に旦那様から伝えられている。
――王子たちも快く受け入れて下さったのはありがたかったですね。
クリスはそう思っていたが、実際は「ぜひそうして下さい」といったやり取りがあった事をクリスは知らない。
「それでは戻りましょうか」
「ええ」
そう言ってアリシアはクリスの後を歩く。実は今、アリシアとクリスは大広間を出て少し風に当たりに来ていたのだ。
――人が多かったですからね。慣れない状況に疲れが出たのでしょう。
クリスはすぐ後ろにいるアリシアに注意を向けながら歩く。
「……」
そうして歩いていくと、クリスはふいに止まった。
「? クリス、どうか……あ」
クリスの背中越しにアリシアはその人物を確認した。
「主役は疲れるよね。アリシア様」
キーストンはクリスの姿を確認するとおもむろに近づき、後ろにいるアリシアに声をかけた。
――大方、私の歩くスピードが遅いから後ろにお嬢様がいる事が分かったのでしょうが。
一体、何の用だろうか。
「いえ、そんな事は……」
アリシアも最初に会った時に質問をされてから、キーストンに警戒心を持った様だ。
――しかも、カイニス様やルイス様も近くにいらっしゃいません。
そう考えると、今アリシアを守れるのはクリスしかいない。
「……キーストン様はどうしてこちらに?」
「はは……警戒されているなぁ。僕」
「お答え下さい」
「君たちと同じだよ。風に当たっていだけ」
「……」
「……」
クリスとアリシアは、キーストンを不審そうに見つめる。
「本当だって! 信用ないなぁ、俺」
「いっ、いえ! 決してそういったつもりでは」
「……ああいいよ。そんなに深刻に捕らえなくて」
キーストンはそう言って苦笑いを浮かべながら答える。
「ただ、ちょっと思うところがあってさ」
「思うところ……ですか」
「そう、あの二人の王子の事でさ」
「……」
――二人の王子……という事はカイニス様とルイス様の事でしょうね。
「僕はあの二人と昔から知り合いでさ。父の仕事もあってかよく会っていて……王子という事もあってなかなか壁があったけど、次第に仲良くなった」
「はぁ」
突然始まった思い出話にアリシアは、とりあえず……と相槌をうった。
「客観的に見て、二人はいつもどことなく距離があった。そんな二人がここ最近、変わった様に思ってさ。それがどうしてだろう……って不思議に思っていたんだよ」
「……」
「はは、突然こんな話をされても困るよね。でも、そんな友人の二人……いや、兄がよく一人の令嬢に会いに行っているって話を聞いてさ。それが誰なんだろうってちょっと気になっていた」
「そっ、それって……」
「そう、それが君」
キーストンはニッコリと笑顔を見せる。
「それで、一つ君にさっき聞けなかった質問をしようと思ってね」
「なっ、なんでしょうか」
「うん、さっき君は『カイニス王子とはたまにお茶をする仲で、ルイス王子とはこの間対面したばかり』と答えた」
「はっ、はい」
「そこで僕は思った。ここ最近知り合ったルイスはともかく、カイニスとはお茶を一緒に飲む仲。正直、それだけ仲が良ければカイニスから婚約の話が出てもおかしくないよねって」
「……」
「でも、カイニスからそう言った話はない。そして公爵側からもない。それでふと思った。君は……将来どうしたいのかなって」
「え」
唐突な質問に、アリシアは固まった。
――これは、困りましたね。
普通の令嬢であれば、ここは「素敵な殿方に娶ってもらう事」とか「嫁ぐ事」とすぐに答えていただろう。
しかし、アリシアはそもそも王子の婚約者になる事を嫌がっている。
――その上、キーストン様はカイニス様とルイス様のご友人。そんな方の前で王子以外の誰か……なんて口が裂けても言えないでしょう。それに……。
クリスはアリシア様が『前世の記憶』というモノを思い出して以降、アリシアが「嘘をつけない性格」という事を知った。
――本音と建て前が当たり前の貴族社会では致命的な弱点。ひょっとしたら、キーストン様は最初の質問にそれに気がついていたのかも知れませんね。
そうは思っても、それがアリシアの良いところでもあると分かっているため、強くも言えない。
「……」
何が正解で何が間違いなのか分からない……。多分、今のアリシアはそう思っているだろう。
クリスとしても何とかアリシアの力になりたいが、キーストンはアリシアの言葉でなければ納得しそうにない。
「――わっ、分かりません」
「……」
アリシアはそう振り絞るように答えた。
「分からない……か。そっか、そうだよね」
キーストンはアリシアの言葉を噛みしめる様に何度も頷いた。
「あ、あの」
「うん? いや、なるほどねぇ……って思って」
「?」
「はは、カイニスが言っていた理由がコレかって思っただけだよ」
「え、あの。カイニス様。私について何か言っていたのですか? ひょっ、ひょっとして何か粗相を……」
「はは! 違う違う。こっちの話。あー、でも。今の話は二人には内緒にしていてくれるとありがたいなぁ。だって、二人に睨まれたくないし」
「にっ、睨まれるんですか」
「そう、怖いよぉ? 二人共怒るとさ。だから……頼んだよ」
そう言って軽くウインクしたキーストンに対し、アリシアは素直に「はい!」と答えた。
「ははは! 良い返事だね。そんじゃ、君も戻らないとね。そろそろ二人が心配……いや、不審に思うだろうから」
そう言って戻るキーストンに、取り残されたクリスとアリシアは「一体なんだったのだろう?」とお互い不思議そうに首をかしげたのだった。
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