③
あっという間に誕生日会の準備もいよいよ佳境に入り、クリスも誕生日会が開かれる広間では使用人たちが忙しなく動いていた。
そして、アリシアの専属の使用人であるクリスやカナもそれは同じだった。
――それはそれとしても、コレはさすがに疲れますね。
通常であれば、五歳のタイミングで誕生日会は行われる。
しかし、アリシアはこのタイミングで奥様を亡くしており、正直それどころではなかった。
「クリス」
「旦那様」
振り返ると、そこには旦那様と……。
「お二人をアリシアに会わせたいのだが……大丈夫そうか?」
「今、お嬢様は準備をしておりますが……」
「……そうか」
クリスの言葉に、旦那様は「困ったな」と言う様子を見せた。
「ヴァーミリオン公爵、大丈夫ですよ。レディの準備には時間がかかるモノですから」
「申し訳ありません」
「いえ、私たちが予定より早く着いてしまっただけですので、お気になさらないで下さい」
旦那様の後ろにいたカイニスとルイスは、笑顔で答える。
「すみません。準備が出来次第お嬢様をお連れします。もしよろしければ、あちらの方でお待ち下さい。他にも早く着いた方がいらっしゃいますので」
「……ん? 俺たちの他にも早く着いている人がいるのか?」
「はい」
「そう……なんですね。僕はてっきり早く着いたのは僕たちだけだと思っていました」
ルイスは丁寧な口調でそう言いつつ、その「自分たちよりも早く着いた人物」に注意を向けたようだ。
「クリス。急かすつもりはないが、アリシアの様子を見に行ってくれ」
旦那様そう指示を出し、自身は王子たち二人を温室へと案内した。
「かしこまりました」
クリスはアリシアの部屋へと急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お嬢様」
クリスは部屋の外から軽く声をかける。
「準備の方はよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。入って」
アリシアの返答を聞くと、クリスは「失礼します」と部屋に入る。
「……!」
部屋に入ってすぐに出迎えたのは、自身の目の色。翡翠を基調としたドレスを身にまとったアリシアの姿。
差し色として使われている白もアリシアの元々の容姿も相まってとても……キレイだ。
「どうかしたの?」
クリスが部屋に入っても無言のまま固まっている事を不思議に思ったアリシアは首をかしげた。
「しっ、失礼いたしました。とてもお似合いでしたので、つい固まってしまいました」
そう言ってクリスは謝罪する。
「え、あ……ありがとう」
アリシアはそう言って顔を真っ赤にして、クリスから顔を背けた。
「そうですよね! とてもお似合いですよね!」
興奮気味に答えるのはカナだ。
「それなのにお嬢様は謙遜して……」
「だっ、だって……こんなキレイなドレス。あ、それで。どうかしたの? 時間にはまだ早いわよね?」
「そうでした。お嬢様、カイニス王子とルイス王子が……」
「え、もう来られたの?」
「はい、それともう一人」
クリスはさらに言葉を続け、アリシアは「え」と言葉を挟む。
アリシアとしては「お二人が早めに来るだろう」とは何となく予測出来ていたのだろう。
――しかし、お嬢様のこの反応はでも逆に言ってしまうと「二人以外にも早く来ている人がいる」とは思っていなかった……と言う事でしょうか。
アリシアの反応に、クリスはそんな事を考えた。
「えと、どなた?」
「現宰相のご令息。キーストン様です」
オドオドしつつも尋ねたアリシアに、クリスは淡々とした様子で答えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カイニスとルイスは温室にあるイスと机についた……が。
「……」
「……」
二人は自分たちの視線の先にいる人物の様子をうかがっている。
「まさか、お前が先に来ているとはな」
先に声をかけたのはカイニスだ。
「うーん? 僕が来ていたら悪い?」
二人に鋭い視線を向けられている事に気がついているにも関わらず、それを全く気にしていない現宰相の息子キーストンは「心外」と言わんばかりに答えた。
「悪くはないが、なんでとは思う。それに、アリシア嬢と面識ないだろ」
「ははは、確かに今までないなぁ」
実はカイニスはキーストンのこの「何を考えているか分からない」という反応が苦手だった。
「ただ、ちょうどお父様の仕事の都合でヴァーミリオン公爵に用事があってね。どうせなら一緒に行った方がいいだろうって事で、お父様と一緒に来て俺は待たせてもらう事にしたんだよ」
「ああ、なるほど。それで」
キーストンの言葉に、ルイスは納得したように頷いた。
「まぁ、僕はお父様がどんな用事で来たかは知らないけど」
そう言ってキーストンは紅茶を一口飲む。
「それより、一体どんな風の吹き回しだ」
「ん?」
「お前はこういった集まりには興味がないと記憶していたが?」
カイニスは変わらず鋭い視線を向ける。
実はキーストンはこういった社交の場を嫌い、ほとんど顔を見せたがらない。
「……」
「そんなに怖い顔しなくても、僕はアリシア嬢に特別な感情は持っていないし」
「特別な感情は……ですか」
「うん、興味はあるって意味だけどね」
そう言ってキーストンは愉快そうに笑う。
「興味……とはどういう事だ」
「興味は興味だよ。二人が同じ人を……なんて、そんな面白い話に興味を持たない僕じゃないよ」
キーストンの言葉に、カイニスとルイスはお互いの顔を見合わせ、無言になった。
「……おい」
「ん?」
「その話、誰にもしていないだろうな」
「おお怖いなぁ。大丈夫、僕はこの間偶然二人の話を聞いちゃっただけだから」
何気なくキーストンは言ったつもりだったが、その言葉にカイニスは「あの時か」と頭を抱え、ルイスは「それは今言わなくても良いのに」とため息をついていた……。
「あ、あのぉ。すみません」
そんな三者三様の態度をしている三人に、翡翠色の美しいドレスを身にまとったアリシアが声をかけた――。
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