②
「そちらはこっちに!」
「すみません、こちらは……」
「コレはそちらの机に……」
アリシアの誕生日という事もあり、今日は朝からやたらとバタバタしていた。
「うー……ん」
「……お嬢様、早く覚醒してください」
クリスはそう言ってもはや日課の目覚めの紅茶を入れていた。
「うー……」
しかし、アリシアは眠れなかったのか頭を左右に大きく振っている。
――昨日はなかなか寝付けなかったようですね。
クリスは昨日の夜、アリシアが何をしていたかは知らない。しかし、クリスの部屋からはちょうどアリシアの部屋の間ドア見える。
そのため、アリシアの部屋の灯りがついているかどうかは目視で分かった。
「今日はお嬢様の誕生日です。たくさんのお客様もいらっしゃいます。もちろん、カイニス王子やルイス王子もいらっしゃる予定です」
「!」
クリスは紅茶を差し出しながら言うと、アリシアは「王子」という言葉に反応した。
「そうだった! 今日だったわ!」
「……まさかお忘れでしたのか」
「忘れてない! 忘れてはいないけど……」
「――けど?」
「はぁ、今日は色々な方がいらっしゃるのよね」
「はい」
アリシア様の問いかけに、クリスは頷いた。
「そう……よね」
自分で言った言葉を噛みしめる様に言ったアリシアの体は、どことなく震えている様に見える。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもないわ! それなら早速準備をしないと!」
心配そうに尋ねたクリスを心配させまいといった様子でアリシアは紅茶を一気に飲んだ。
「それでは、後はカナにお任せしておりますので」
クリスは隣にいたカナに視線を向けた。
「ええ、分かったわ! よろしくね、カナ」
「はい、お任せ下さい」
カナは持ち前の生真面目な性格も相まって、アリシアの専属メイドになった当初と比べると、随分と頼もしくなった。
――最近では自信に満ちあふれている様ですね。
それはとても良い変化である。
――まぁ、それもお嬢様が前世の記憶を思いされて性格が変化したそもそもきっかけだとは思いますが。
「しかし……」
クリスはふと廊下で立ち止まり、先程のアリシアの様子を思い出した。
――先程のお嬢様の反応は気になりますね。
今回の誕生日会ではダンスも披露される予定だ。その事に関して不安になるのなら、まだ分かる。
それなのに、アリシアは「誕生日会に人が来るかどうか」その事自体に不安を感じていた。
――前回の「箱入り娘」という言葉にも反応していましたし、もしかしたら、お嬢様の前世で何かあったのかも知れませんね。
思えば、アリシアはこの世界を舞台に作られたという『物語』については教えてくれた。
しかし、アリシアは自分自身の前世については何も話されてしていないという事に、クリスは薄々気がついていた。
「……」
誤魔化されているという可能性も考えられるが、そもそもアリシアが「必要ない」と判断した可能性もあるとクリスは考えていた。
――確かに、お嬢様の『破滅』にお嬢様自身の前世の話は関係ありませんが。
正直なところ、クリスは今もアリシアの話を全ては信じていない。
――しかし、お嬢様の話に沿っている様な……そんな感じはしますね。
だが、アリシア曰く今の状況は「少しおかしい」という事の様だ。
「……」
――何かの因果。いえ、この場合は『力』と言うべきでしょうか。
クリスもそういったモノを微量ながら感じている。
それをアリシアは「物語の補正力」と言っていたが、実際のところはよく分からない。
――何はともあれ、今はお嬢様の誕生日会ですね。
クリスは自分の『目的』を忘れてはいない。
しかし、その『目的』には期限が設けられており、クリスはその期限ギリギリまで粘ろうと思っていた。
――あの方には拾ってもらった恩がありますが、自分の手を汚さずに私を利用する事しか頭になさそうですし。
そっちがその気で期限を付けたのが向こうなら、クリスは「それを最大に利用するまで」と考えている。
――それに……旦那様にも奥様にもお嬢様の事は頼まれています。
クリス自身は「なぜ」と思っているが、なぜか旦那様も亡くなってしまった奥様もクリスに絶大な信頼を寄せていた。
その結果が今のクリスの立場だろう。
「……」
――私には責任が重すぎると思いましたが。
なんだかんだ上手くいっているとクリスも思っている。
そして、今ではアリシアも前世の記憶を思い出した事により、色々と変わり、彼女もまたクリスを信用している。
「……全く」
両親が両親なら子供も子供と思うが、信用されるのは悪くない。
将来的に「そんなアリシア様を殺す」という目的はあるものの、その期限は「魔法学校を卒業するまで」となっている。
「クリス様」
――それまでは、私の自由にさせて頂きますよ。
呼びかけられたメイドに、クリスは「どうかされましたか」という言葉と共に振り返った。
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