第4章 現宰相令息と誕生日パーティー


「はぁー」

「……お嬢様」

「うぅ、クリスの言いたい事は分かっているわよ。でも、放って置く事も出来なくて」

「確かに弱っているところを見せられたら何とかしたいというお嬢様のお気持ちは理解出来ます。ですが」


 クリスはしょんぼりとへこんでいるアリシアをチラッと見た。


 ――お嬢様のこの優しさは美徳とも言うべきなのでしょうね。通常であれば……ですが。


 しかし、それと同時にクリスは心配にもなった。

 この様々な感情がうごめき思惑が張り巡らされている貴族の世界で、アリシアのこの『優しさ』は逆手に取られそうだ。


 ――コレがお嬢様の前世の方によるものなのか、はたまたお嬢様本人のモノなのかは測りかねますが。


 だが、アリシアが『優しい』というのは事実だろう。


 ――カイニス王子はひょっとしたら、お見舞いでたびたび訪れていた時に気がついたのかも知れませんね。


 アリシアが寝込んでいる時に何度かカイニス王子はここを訪れている。そして、アリシアが全快した後はなぜかお茶をしに訪れる様になっていた。


 ――まるで、お嬢様を他に渡したくない……と言っている様ですね。


 実際、カイニス王子はよくヴァーミリオン家を訪れているが、他の貴族は来ていない。


 ――独占欲……なのかも知れませんが、そもそも王子以外の方がお嬢様にお会いしようと思ったら、まず旦那様を通さないと行けませんけど。


 当然、旦那様はそれを良しとはしないだろう。


 ただ、カイニスが訪問したにも関わらずそれを断るというのは、下手をすれば不敬罪になり兼ねない。

 だから、旦那様も渋々了承している……それが現状だ。

 しかし、それは『破滅』を回避したいというアリシアも当然従うしかない。そのため、今の関係になっている。


 ――お嬢様は「カイニス様がよく分からない」とおっしゃっておりますが。


 クリスだけでなく使用人たちから見ると、カイニスがアリシアを気に入っているのは明白だった。


 ――それでも婚約者としてお嬢様を指名しないのは、やはりあのお茶会の一件が尾を引いているのでしょうね。


 そういえば、今もカイニスに限らずルイスにもたくさんの見合いの話が舞い込んでいると聞く。


 アリシアはそれを風の噂で聞く度に「早く婚約者が決まってくれるといいのだけれど」とポツリと苦言を呈している。


 ――どうやらお嬢様は、カイニス王子が「心に決めた人がいる」とここ最近断っている事を知らない様ですね。


 だが、これも所詮風の噂だ。


 しかし、そんな噂を耳にしたタイミングでアリシアに手紙が届き、ルイス王子と初めて対面した。


「破滅したくないって自分で言っておきながら恥ずかしい」

「本当に徹底的に王子たちの交流を避けようと思ったら、それこそ箱入り娘にならないといけませんねぇ」

「……」


 クリスは何気なく言ったつもりだったが、アリシアはなぜかその言葉に肩をビクッとさせた。


「お嬢様?」

「いえ……。そっ、そうね。クリスの言う通り、そう出来たら良いのでしょうけど、現実ではないわね」

「……そうですね」


 アリシアの反応は気になったモノの、クリスはあえてそれを無視した。


 ――あまり深く追求して欲しい様子ではありませんし。


「魔法学校には魔法が使える人間が通う事はもはや責務。貴族であれば、それが一種のステータス。いくらお父様が私に甘いと言っても……」

「さすがに認められないでしょう」

「そうでしょうね。はぁ」

「……」


 アリシアの行いが悪かったとは言わない。むしろ、それが良い事だと思う。

 しかし、アリシアが言っていた話が将来に直結するとなると……クリスとしはどうしてもツッコミを入れずにはいらない。


「でもまぁ、うん。終わった事をくよくよしていられないわね!」


 アリシアは強く拳を握り、力強く宣言するように言った。


――なんだかんだ言って前向きな方ですね、お嬢様は。


 一度はへこむが、すぐに前を向く。クリスはそんなアリシアを誇らしく思っていた。


「あ、クリス」

「はい」

「もうすぐ私の誕生日会だったわよね」

「はい、準備はつつがなく進んでおります。招待状も準備中です」

「……それって、王子たちも含まれているわよね」

「おそらくは」


 カイニスは何度かこの屋敷を訪れており、先日王宮にも招待をされた。それを踏まえて考えると、さすがに旦那様も無視は出来ないだろう。


「そうよね」

「ですが、そこは大きな問題ではないかと」

「そう……なの?」

「はい。お嬢様の誕生会には同じ年頃の方たちも来られるとは思いますが、付き添いでご家族と来られる方もいらっしゃると思います」


 クリスはそれを考えると、どうしても頭が痛い。


 それはもしかしたら、アリシアの耳におかしな噂話が入ってしまう可能性があるからである。


 ――それに加えて今のお嬢様の状況は、周りの貴族たちにとっては戦々恐々としているでしょうし。


 もしかしたら、アリシアに自身の子供を使って取り入ろうする人もいるかも知れない。


 ――しっかりと見極めなくては。私自身の目的の達成のためにも。


 アリシアが『一際優しい』という事は、今回の一件で分かった。それも踏まえてクリスは決意を新たにした。

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