⑤王子たちの牽制と……
「お疲れ様です。お嬢様」
「ありがとう」
さすがに王子二人を相手にすると、多少は体力に自信のあるアリシアでも疲れてしまうらしく、ルイスとのダンスが終わってすぐにイスに座って休んでいた。
「お疲れさまでした」
そう言ってルイスはにこやかな笑顔と共に現れた。
「ルイス様」
「今日は本当にありがとうございました。とてもいい経験になったと思っています」
「そっ、そんな! それを言うのは私の方で……?」
アリシアは何かに気が付いたらしく、不思議そうに辺りを見渡している。
「どうかされましたか?」
「あっ、あのカイニス様は……」
「ああ。お兄様は少しお花を摘みに」
「! すっ、すみません!」
ルイスが苦笑いで答えた内容に、アリシアは顔を赤くして頭を下げた。
「いいんですよ。お兄様も人間ですので、お気になさらず」
「そっ、それはそうですが……」
アリシアはルイスの言葉にオドオドしつつ、少しホッとした様だ。
「……あの」
「なんでしょう」
「その、先ほどダンスを踊って思ったのですが……」
「はい」
「その、ものすごく踊りやすかったな……と思いまして」
「……そうですか。それは……よかったです」
多分、アリシアは思った事を言ったと思う。
しかし、そのアリシアの言葉を聞いたルイスは……どことなく寂しそうな雰囲気をまといながら笑った。
「あっ、あの。私何か……」
「……いえ、あなたは何も悪くないです」
「え、あの。でも……」
ルイスは「悪くない」と言っているものの、その表情は浮かない。
「――よく言われるんです」
「え」
「ルイス様はダンスは上手いと」
「……」
――その言い方はかなりトゲがありますね。それでは「ダンスだけは」と言っている様に聞こえます。
いや、実際のそうなのだろう。
「私のダンスは……上手かったですか?」
ルイスはそう言ってクリスの方を見る。
「ええ、とてもお上手だと……思いました」
それは決して嘘じゃない。しかも、クリスの見立てではカイニスよりもルイスの方が遙かに上手く見えた。
「どうでしたか?」
「はっ、はい。とても踊りやすかったです」
「そうですか。でも、私は勉強や魔法ではお兄様に遙かに劣っているんです。そんな中でダンスが上手くても……と思ってしまいまして」
ルイスはそう言って下を向く。
「……」
「……」
アリシアとクリスはお互い顔を見合わせた。
「申し訳ありません。突然こんな話」
「いっ、いえ! そっ、そんな。気にしないで下さい」
そう言ってアリシアは両手を大きく左右に振る。
「えと。あの、私はダンスも一つの才能だと思います」
「え」
「魔法や勉強に関しては……その、私たちはまだ幼い子供です。でも、ダンスの才能はそうじゃない……いっ、いえ。ダンスも練習すれば上手くなると思うのですが、ルイス様のダンスはその……」
アリシアは必死に言葉を紡ごうとしているものの、自分の中でも上手くまとまっていないのか、しどろもどろだ。
「ふふ」
「うっ、すみません」
「いえ、笑ってしまってすみません。あまりにも必死に言ってくださるので……」
ルイスはそう言いながら「ふふ」と笑いを堪えている。
「ですが、そうですね。私もまだ魔法学校にも入学していませんでしたね」
「そうですよ! 私もルイス様もカイニス様もまだ子供なんですから!」
アリシアはそう言って満面の笑顔をルイスに向ける。
「……」
――お嬢様。確かお嬢様は『破滅』したくない。そのために王子たちとあまり関わらないと言っていたのではありませんでしたか?
その様子を見ていたクリスは、満面の笑みをルイスに向けているお嬢様にため息混じりに額に手を当てて思わずそう言いたくなった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
「ん? どうした、ルイス」
カイニスは、窓際にいるルイスに声をかけた。
「――とても面白い方だね。アリシア様は」
「ああ、そうだろ」
「……」
「おい、まさかと思うが……」
「まだ何も言っていないけど」
「いくら察しの悪い俺でも分かるぞ」
そう言ってルイスの方を見る。
思えば、こんな対等のやり取りをしたのはいつぶりだろうか。なんだかんだ、ルイスは兄であるカイニスにいつも遠慮をしていた。
「……やらんぞ」
「―おや、それを言う資格は僕にもお兄様にもありません。お互いに、今は」
「……分かっている」
カイニスは拗ねたような表情を見せる。
「まさか、お兄様。焦ってる?」
「――焦りもする。お前の方がアリシア嬢と仲良くなれそうな雰囲気だったからな」
「……あ、見ていたんだ」
「お花を摘みに行ってもそんなに時間はかからないだろ」
「そう思うなら僕を彼女に会わせなければ良かったでしょ?」
確かに、嫉妬するくらいなら最初から会わせないようにしなければいいだけの話で現に、ルイスは最初に断っている。
「――お前がアリシア嬢と会えば……」
「え?」
「アリシア嬢と会えば、少しは自分に自信を持ってくれるんじゃないかっって思っただけだ。それに……」
「それに――? あ」
ルイスが何かを言う前にカイニスはそう言って踵を返し、そのまま去ってしまった。
「……」
確かに、ヴァーミリオン公爵の令嬢。アリシア嬢は不思議な人だった。
自分自身に自信が持てず、使用人たちが影でコソコソと話している事を聞いてしまい、さらに落ち込んでいるところに、お兄様は彼女と会う様に言った。
「これも一つの才能……ですか」
使用人たちは「ダンスしか才能がない」と言っていたが、アリシア嬢はそんな風には捕らえず「それも一つの才能」と言ってくれた。
「フッ」
アリシア嬢としては何気ない一言だったかも知れない。しかしルイスにとってはそれが、とても嬉しかった。
「――そこで何をしている。キーストン」
「ちぇっ、なーんだ。バレていたんだね」
悪びれもなく現れたのは、茶色の髪の毛先がクルンと巻いた少年だ。
「盗み聞きは感心しないな」
「いや-、なんか楽しそうな会話が聞こえて……ついね」
そう言いながら、キーストンは視線を泳がせた。
「つまり、僕が今呼び止めなかったらそのまま何も言わずにここを去っていた……と?」
「う」
「……はぁ、まぁいいけど。それより、今日来たのはお父様の付き添いか?」
「まぁね。それにしても、兄弟揃って同じ相手を……なんて面白すぎるなぁって」
「僕としては全然面白くないけど」
「そう言わないでよ。それにしても……僕も興味が出て来たなぁ」
「……何が」
ルイスはキーストンの性格から何となく答えを予測しつつも、尋ねた。
「はは、分かっているくせに」
キーストンは笑いながら「そのお嬢様にだよ」と、ルイスに向かって真顔で答えた。
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