「ダンス……ですか」

「そうだ! ダンスだ!」


 カイニスが言うには、これから舞踏会でダンスをする機会が王子だけでなくアリシアにも増える。それを見越しての対策なのだそうだ。


「大人相手と同い年相手では勝手が違うだろう? そこで貴殿に来ていただいた……というワケだ!」


 そう言ってカイニスは胸を張った。


「あっ、あの。それでしたら私じゃなくても……」

「貴殿の顔は分かるが、他の令嬢の顔は分からない!」


 カイニスは無邪気な笑顔でアリシアを見ており、その笑顔にアリシアは悩殺されそうになっている。


 ――しかし、今の発言はいささか問題ですね。


 婚約者でもない令嬢を特別扱いするという事は、それだけで問題になりかねない。しかも、ヴァーミリオン公爵をよく思わない人も多い。


 ――しかも、お嬢様以外の令嬢の顔は分からないと来ましたか。


 カイニスがあまりにも自信満々に言われ、クリスは思わず吹き出しそうになってしまった。


「お兄様。さすがにその発言は問題があるよ」

「ん? そうか? 俺は思った事を言っただけだが?」

「それが問題なんだよ。それに、同じ年なら僕が相手になればいいじゃないか」

「何が嬉しくて男同士で踊らないといけないんだ?」

「あー……うん。それは僕も思うけど」


 ルイスは「自分で話しておいてなんだけど」と言う表情で顔を伏せた。


 ――おおよそ、想像してしまいましたか。


 クリスがそう思ってしまうほど、ルイスはげんなりとした表情をしている。


「それに、アリシア嬢としても悪い話ではないだろう」

「え?」


 ついさっきまで火照った顔を冷ましていたアリシアは「私?」という表情でカイニスの方を見る。


「俺たちのダンスを指導しているのは王宮御用達の指導者だ。もちろん、指導も一級品だと思うが?」

「…………」


 ――これは……迷っていますね。


 確かに、練習とは言え王子のお相手というのはアリシアとしても気が引ける。しかし、その見返りとして指導が受けられるというのは魅力的だ。


 ――お嬢様としても舞踏会で恥はかきたくはないでしょうね。だからこそ、王宮御用達の指導者の指導は魅力的でしょう。


クリスは、一人「どうしよう」と迷っているアリシアに同意した。


 ――それにしても……先ほどのカイニス王子とルイス王子は……なかなか興味深いですね。


 先程の二人を見て「カイニス王子は本当に国王に向いて、ルイス王子は宰相など国王を支える方が向いている」クリスはそう思った。


 ――カイニス王子はどことなく突っ走るところがあるようですが、それにはちゃんとした裏付けや理由もあります。


 そして、ルイスはそんな兄に対し意見を言える貴重な人間。クリスの目にはそう見えた。


 ――しかし、今のお二人を取り巻く環境はそんな事を言っていられる状況ではない様ですね。


 アリシアも言っていたが、今の王宮では次の国王を巡って早くも派閥が出来ているそうだ。

 しかし、どうやらそんな大人の事情はさておき、二人の王子の仲は客観的に見て、さほど悪くはなさそうだ。


「アリシア様の懸念も理解出来ます。申し訳ありません。兄が突っ走ってしまって」


 そう言って謝罪をしたのはルイスだ。


「そっ、そんな! 頭を上げてください!」


 当然アリシアは慌てる。


「これでもお兄様なりに考えた結果なのです。私は前回のお茶会の様子は口頭でしか知りませんが、お茶会以外でアリシア様を呼ぶきっかけがお兄様は欲しかったようです」

「ルッ、ルイス!」


 まさしく図星だったのか、カイニスは慌てた様子で笑顔のルイスを止めに入った。


「……フフ」


 そして、そんな二人を前にアリシアは思わず笑ってしまっていた。


「あ、ごめんなさい」


 アリシアはすぐにそう言ったが、カイニスは「いや、別にいい。笑ってくれたなら」と返し、ルイスはそんな兄に対し「ふふ。お兄様」と何か言いたそうに笑っていた。


「とっ、とりあえず! いいだろ、ダンスで!」


 やけくそ状態でカイニスが言った事により、アリシアとルイスは「分かりました」と了承したのだった。


◆  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ――そうして始まったダンス練習。


 実はアリシアも少し前からこれからの舞踏会に向けてダンス練習を始めていた。


 ――教えてくれている家庭教師の方曰く、お嬢様はなかなか筋がいいらしいですし、王子たちの足を踏んでしまう事はさすがにないでしょう。


 そして、カイニスとペアを組んだ際はカイニスがところどころ強引なところはあるものの、それはそれで「力強い」という評価を受けていた。


「では次。ルイス王子」

「はい」


 名前を呼ばれルイスはアリシアと組んだ。


「連続になりますが大丈夫ですか?」


 そんな優しい心遣いの声が、ちょうどクリスの耳に届いた。


 男性二人に対し、女性はお嬢様一人。確かに続けて相手をするとなると、アリシアの負担にもなるだろう。


「はい、大丈夫です。体力には自信がありますから!

「……そうですか」


 自信満々に答えたアリシアに対し、ルイスは小さく「フッ」と笑い、そのまま踊り出した。


「……!」


 そして、二人が踊り出した瞬間。アリシアの動きが先ほどのカイニスとは明らかに違って見えた。


 ――決してカイニス王子が下手というワケではありませんが、コレは……。


 王子二人のダンスには明確な差がある様にクリスには見え、そしてお相手をしているアリシアもどことなくダンスを楽しんでいる様に見えた。


 ――先程はお嬢様が引っ張られている印象がありましたが、今はどことなく余裕が感じられます。


 普通であれば、これほどまでの差を見せつけられると、嫉妬などしそうなモノなのだが、この時のカイニスはどことなく納得……いや、誇らしげに見えた。


「?」


 そして、そんな王子をクリスは不思議そうに思いつつ、何も言わずにまたそれが表情に出ないようにルイスと楽しそうに踊るアリシアを見ていた。

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