②
「お嬢様、準備の方はよろしいでしょうか」
「うん、大丈夫。カナのおかげでバッチリ」
そう言って笑いかけると、カナは「きょっ、恐縮です」と照れくさそうに顔を真っ赤にしていた。
「それでは向かいましょうか」
「ええ」
階段を降りる時の足元に気をつけつつ、あらかじめ用意していた馬車に乗り込む。当然、向かうところは王宮だ。
「それにしても……今日の招待がお茶会じゃないとしたら、一体何で呼ばれたのかしらね」
「私に王子のお考えは分かりませんが、何か気になる事でも?」
「うーん、どうにもこのタイミングって言うのがひっかかってね」
「それでしたら、本当にただ招待したかっただけという事も考えられますが。例えば『婚約者として迎えたいといった内容の話』という事も」
「まっ、まさか……そんな」
「その可能性は否定出来ません」
現状、王子の婚約者は決まっていない。アリシアが事件に巻き込まれてから話は止まってしまっている。
「ですが、今も王子にはたくさんの婚約者の話が舞い込んでいると聞いています」
「そんなのさっさと決めてくれればいいのに」
アリシアはそう言って馬車から見える景色に視線を向けると、外にはいくつか出店も出ており、それなりに賑わっている様子が目に映る。
「お嬢様としてはそうかも知れません。ですが、王子にもお考えというモノがあるのでしょう」
「そりゃあ、王子様にも好みはあるでしょうから、誰でも……とはいかないと思うけど」
――それでも……という事でしょうね。
今回の手紙の一件に直接的な関わりがあるのは『第一王子のカイニス様』ではなく『第二王子のルイス様』とアリシアは断言し、ついでにクリスにそのイベントの詳しい話をすでにしていた。
「現状はどうしようもありませんが、どういったお話なのでしょうか」
「えぇっと。確か、この話では招待をしたのはカイニス王子だけど、なぜかそこにルイス王子もいて、カイニス王子が席を外した時に少し話をする……っていう内容らしいわ」
その話を聞いて、クリスは「それの何が問題なのだろうか」と首をかしげる。
「確かにそれ自体は何も問題はないわね。ただ、その会話を通してルイス王子は自分の抱えている葛藤を話して主人公に心を開く……?」
アリシアは自分でその話をしていく内におかしい事に気がついた様だ。
「お嬢様。この話はひょっとして……」
「えっ、ええ。主人公のイベントの一つだから魔法学校に入学して以降の話のはずね。それに、第二王子のルイス王子に婚約者はいないし、元々のアリシアは第二王子のルイス王子にかなりきつく当たっていたから」
クリスはその話を聞いて不思議に思った。なぜなら、アリシアとルイスはそもそも面識がないのだ。
「それはどうしてでしょう?」
「王権争いの可能性があったからよ」
「おや、基本的に王権は第一王子に引き継がれるのでは?」
そう、この国の王権制度では基本的に第一王子に引き継がれるのが通例の流れである。
「それが……その引き継がれるはずのカイニス王子が、ただ単純に生まれた順番で次の王を決めるのはおかしいと言ってね。ほら、第一王子のカイニスと第二王子のルイスは同い年だから」
「確か、ルイス様は現国王の側室のお子さんでしたね」
「ええ、だから……って事だとは思うけど」
「なるほど」
「でも、アリシアはルイス王子が側室の子供って事と王権争いの事もあってそのかなりきつい物言いをしてしまって、よくカイニス王子に怒られていた……という事は物語で何度か出ていたから覚えているわ。でも、怒られても仕方ないわよね。だって弟に自分の婚約者がきつい物言いをしているんだもの」
「…………」
――それはあくまで『物語』の中の話では?
クリスはそう思ったが、アリシアは寂しそうに下を向いた。
「しかし……本来であればもっと先になるはずの話が今。しかもお嬢様の元に来ている……というのはいささか疑問ですね」
「ええ。一体どういう事なのかしら」
疑問は膨らむばかり……とその日はそれで話は終わってしまい、クリスとアリシアはその後何も話さずそのまま馬車は王宮へと進んで行くのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ルイス! ルイス!」
「おはようございます。お兄様」
「ルイス、出迎えの準備は出来たか!」
「とっくに出来ております」
「そうか! 俺はついさっき終わった!」
「それはお兄様が起きるのが遅いからです」
ため息混じりにルイスはそう言うと、カイニスは「はは、悪い!」と笑顔で答える。
「それより、今日はどうされるんですか」
「……ルイス」
「? なんでしょう」
「敬語」
「え、あ」
「いや、ルイスが話しやすいって言うんなら無理にする必要はないと思う。でも、俺としてはやっぱり普通に接して欲しい」
「お兄様の言っている事は分かるし……気をつけてはいるけど、どうしても抜けなくて」
「いや、いい。俺のワガママみたいなモノだから」
「ごめん」
申し訳なそうに言うと、カイニスは「別にいいって」とまた笑った。でも、その笑顔がどことなく寂しげだったのをルイスは気がついていた。
「……と、今日はどうするかって話だったな」
「あ、うん。お茶会じゃないってすでに伝えている話だけど……」
「まぁな。前回の一件でさすがにお茶会は断られるだろうと思ったから、今日は『練習』の相手役として呼んだ!」
「練習の相手役……?」
「ああ! この練習相手なら将来的に役に立つだろうと思った!」
「はぁ……?」
ルイスは「よく分からない」と言った様子だったが、カイニスは意気揚々と先に行ってしまったため、黙ってついて行く。
しかし、詳しい説明もないまま「アリシア嬢を乗せた馬車が無事に王宮に着いた」という連絡を使用人から受けた。
「よし、せっかくだし一緒に出迎えるか!」
「え」
困惑するルイスを余所に、カイニスはルイスの腕を引っ張り、二人はそのままアリシア嬢を出迎える……という運びになった。
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