第3章 兄弟王子とダンスレッスン
①
「うーん」
「お嬢様。さすがに観念して下さい」
「でっ、でも……」
「お気持ちはお察し致します。ですが、どうしようもない事もある事をご理解下さい」
クリスがそう言うと、アリシアは「あぁ」と更に頭を抱える。
「まさか、魔法で『今回はお茶会じゃないから安心して欲しい』なんて追伸が書かれていたなんて」
そのアリシアの言葉に、クリスは思わずピクリと反応した。
「……」
そう、実はクリスが手紙を読んだ時はアリシアを王宮に招待したいという旨の事しか書かれていなかった。
しかし、クリスからアリシアへと手紙が渡った瞬間に、追伸が浮かび上がったのだ。
――お嬢様は、私が魔力を持たない人間だと思っている様ですね。
確かに、今までアリシアにクリス自身の魔法や魔力について話をした事はない。
だが、実はクリスも魔法を使う事が出来たが、この事を知っている人物は、旦那様と……後もう一人だけである。
――ですが、あえて言う必要もないでしょう。あまり手札は見せるべきではありませんし。
アリシアは最終的な目標として「天寿全う」を掲げている。
しかし、アリシア本人としては「その目標も簡単に叶うモノではない」と感じているらしい。
その理由は「前世とは違うから」という事らしく、現にアリシアは毒物で殺されかけている。
――しかも、奥様もご病気で亡くなられていますし。
その事を踏まえれば、アリシアの言葉も説得力があり、納得も出来た。
「はぁ、本当なら喜ぶべき話なんでしょうけどね」
「ええ。本来であれば、そうですね」
「王子様に迎えられるお姫様……はぁ。昔は憧れたのに」
「……お嬢様の容姿で昔はと言われると、違和感がありますね」
確かに、アリシアが置かれている状況はまさしく……アリシアくらいの年齢の女子としては羨まし過ぎる話だろう。
しかし、悲しい事に今のアリシアは素直に喜べない状態。そして、残念ながら現状どうしようもない、お手上げ状態と来ている。
「何も知らなければ幸せだった……のかな」
「それは……どうでしょうか」
アリシアの言っている『物語』が事実であるのなら、今の状態は『一時の幸せ』でしかない。
――それこそ、お嬢様の最終目標にはほど遠くなってしまうでしょう。
「そういえば、ふと思い出した事があって……」
「なんでしょう?」
「私、前世で友達がいて、その子から聞いた話があって」
「――はい」
アリシア曰く、そのご友人は前世でアリシアが一つしか終わらせる事が出来なかった物語を全て終わらせた
「それで『この手紙をもらう』っていうイベント。確か、第二王子であったって聞いた事があって」
「……」
それだけ言うと、アリシアは突然机に突っ伏し、そのまま「コレがストーリー補正ってヤツなのかなぁ」などと何やらブツブツと呟き始めた。
――こうなったお嬢様はしばらくブツブツ呟き続きそうなので、早めに切り上げさせて頂きますか。
「しかし、コレは第一王子のカイニス様から頂きましたが」
「……ええ、そうね」
ブツブツと呟いていたアリシアはクリスの言葉に小さく頷きながら肯定する。
「……ですが、相手が誰であれ現状どうしようもない事には変わりませんが」
「はぁ。そうなのよねぇ」
「どうされますか。お嬢様……」
結局「断る事なんて出来ない」という事で、このお誘いを受ける事にしたのだった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして決まった王宮訪問の当日……。
「おや」
アリシアは珍しくクリスが部屋に入る前から目を覚ましていた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、クリス」
「珍しいですね。私が来る前に起きていらっしゃるというのは」
「うん、たまには……ね」
「そうですか。ちゃんと眠れましたか?」
「少し……寝不足かも」
そう言ってアリシアは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「……」
確かにアリシアの目にはクマの様なモノが見える。
――お嬢様は「少し」と言いましたが……どう見ても「少し」ではありませんね。
「お嬢様」
「何?」
緊張してしまうのは仕方がないとクリスも思う。しかし、今のアリシアを王子たちに会わせるのは、専属の執事として気が引けた。
――せっかく久しぶりに外出されるのですから。
そう、アリシアが外出するのは王宮での一件以降初。それまでは旦那様の意向の元、クリスやカナの同行がなければ外にすら出られずにいた。
「一度目元を暖めた方がよろしいと思います」
「え、そんなにクマ。ひどい?」
「旦那様が今のお嬢様見た場合。卒倒するかお医者様を呼びます」
「それは……困るわね。ぜひお願いするわ」
真顔で言ったクリスの言葉に、アリシアは素直に頷いた。
「……」
今日の王宮訪問に旦那様は同伴する予定はない。
そもそも、前回は『王子との面会』という大きな目的もあったため、同伴していただけの話で、旦那様本人が娘の外出に同伴する事自体本来はあまりない話だ。
「コレが終わって朝食を食べ終わったら……王宮に行くのよね」
「はい。朝食後、身だしなみを整え次第出発の予定です。他に何か気になる事がございましたら……」
「いいえ、確認したかっただけだから」
アリシアはそう言うと、そのまま「スースー」という寝息が聞こえてくると、クリスは思わず「フッ」と笑ってしまった。
――かなり気を張っていたのでしょうね。
自分の将来が分かっていて、その将来を変えようもがいている。しかも、どうやら『物語』はアリシアの知っているモノとは少し形を変えている可能性も出て来た。
――もし……本当に変わっていたとしたら、確かにゆっくり寝る事も出来ませんよね。
クリス自身、正直アリシアの話を全て理解し、納得しているワケではない。
――ですが、他の方にかすめ取られたくはありませんね。
そう、クリスには『ある目的』がある。そして、その目的を達成する為にもアリシアには破滅されては困るのだ。
――しかし、期限はまだまだ先です。その前に破滅されては困りますよ。お嬢様……。
「……」
アリシアはクリスを信用しきっているのか、眠っている。そして、窓は開いていて外にもすぐ出られる。
しかも、クリスはこの家の秘密の通路も知っている。
つまり、クリスの目的である『アリシア殺害』は実はすぐに実行に移せたのだ。
クリスも当初はすぐにその目的を終わらせるつもりだった。しかし、なんだかんだこの家は居心地がいい。
――それに『あの方』は、私の事なんて駒の一つとしか思っていないでしょうし。
そう、実はやろうと思えばタイミングなんていくらでもあったのだ。
それでも今までしなかったのは……クリスを拾った家のクリスに対する待遇の悪さにあった。
だから、クリスはこの家の居心地の良さに「まだ期限がありますし」と目的の実行を先延ばしにしていたのだ。
――それに『あの方』からは特に催促もありませんし、むしろ魔法学校の卒業するタイミングがベストとすら思っている節がありますから……。
それを大いに利用させてもらおう。クリスはそう考えていた。
「あの、クリス様。朝食の準備が……」
「ああ、すみません。お嬢様は寝不足の様ですので少し眠らせて上げて下さい」
「はっ、はい」
そう言ってクリスは後の事をカナに任せ、そのまま部屋を後にした。
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