⑤王子たちの舞台裏
「~♪」
「……お兄様」
「ん? どうした、ルイスが俺の部屋を訪れるなんて珍しい」
「お兄様も誰かに宛てて手紙を出すなんて珍しいですね」
そう言って一人の少年は視線を下に向ける。
この国。ケイネリアの第二王子である『ルイス』は、なぜか自分に自信が持てず、いつもこうして視線を下に向けてしまう癖があった。
「……確かに、そうかも知れないな」
今までも何度かヴァーミリオン家にはお茶をしに何度か手紙を出した上で訪れた事があるが、カイニス自らの手で書いた手紙を出したのは今回が初めてだ。
「何かあったのですか?」
「いや、特に何かあったワケじゃ……いや、あったか」
「?」
一度は否定し、すぐに肯定した……その事にルイスは首をかしげた。
「前回、俺の婚約者を決めるって話があったのを覚えているか?」
「はい。ですが、その話は……」
確か、その婚約者候補の公爵令嬢が毒物混入の事件に巻き込まれてしまい、結果としてうやむやになった……とルイスは聞かされていた。
――そして、今もそれは尾を引いていて。お兄様がお茶を飲む時は専属執事でないといけないという決まりまで出来たと。
そして、王宮での大規模なお茶会も催されなくなった。
「アリシア嬢は最初から会った時からやたらと大人な態度な令嬢だった」
「大人……ですか」
「ああ。それこそ見た目は俺たちと同じくらいの年なのに、その中身は十歳ほど年上……という感じがした。見た目は可愛らしいのにな」
「……」
カイニスはその時の事を思い出しているのか、少し笑っている。
「それは……また随分と年上ですね。あれ、そういえばここ最近よくお出かけになっている様ですが、まさか……」
「……いや。まぁ、その少し興味が出て……。お見舞いに行った後もつい色々と理由をつけて行っちまった」
そう言ってカイニスは照れくさそうに自身の頬をかいた。
――お兄様がこんな表情を見せるなんて。
実は、ヴァーミリオン公爵令嬢のアリシアと会う前にも数人のお嬢様とカイニスは会ってお茶会をしていた。
しかし、そのお嬢様は全員が全員「貴族の令嬢」といった雰囲気と言動だった。
そのせいもあるのか実のところ、カイニスは彼女たちに一切興味がなかったのか、顔どころか名前すらほとんど覚えていない始末だ。
――そう言えば、お兄様が「可愛らしい」って言う事自体珍しい。
だからこそルイスはそう思ったのだが、その言葉をあえて飲み込んだ。
――下手な事を言ってヘソを曲げられては困りますからね。
カイニス自身もその事を自覚はしているものの、他の人にそれを指摘される事をひどく嫌っていた。
「そうですか」
「ところでルイス」
「はい」
「ルイスは俺の弟なのにどうしてそんな話し方なんだ?」
「なっ、なぜ……って、それはその。僕は側室の子だから」
そうルイス王子は現国王の側室の子で、カイニスとは母親が違ったのだ。
「誰がそんな事を言ったんだそんな事。魔法騎士か使用人か」
「ちっ、違うよ。僕が……その、勝手にそう思っているだけで」
ルイスはそう言っていつもの様に下を向いてしまっていたが、実際は使用人たちがコソコソと影で話をしているのを聞いてしまったのだ。
――でも、実際そうだし。
そう思うと、ルイスはどうしても戸籍上では兄に当たるカイニスにもどことなく遠慮してしまい、こうして普通に話をしている時もつい敬語が出てしまう。
「……はぁ、ルイス」
「なっ、何」
「つい先程アリシア公爵令嬢に俺は手紙を出した」
「うっ、うん。知っている」
それがあまりにも珍しくて、ついカイニスの部屋を訪れてしまったほどだ。
「知っている……じゃなくてだな」
カイニスはそう言って「はぁ」とため息を漏らす。
「よし、ルイス。お前も俺と一緒にアリシア嬢と会ってもらう」
「え。どっ、どうして! だってお兄様はアリシア様と二人で会いたいから手紙を出したんでしょ?」
思わぬ兄の言葉にルイスは慌てた。
なぜなら、相手は第一王子であるカイニスが手紙を出してまで王宮に招待したい人物だからだ。
そんな相手と第二王子でなおかつ側室の子である自分が会わなくてはいけないのだろうか……そうルイスは思った。
「最初はそのつもりだったが気が変わった」
「気が変わったって……」
「ゆくゆくは、お前の義理の姉になるんだからな」
「……」
――それはさすがに気が早すぎる……。それに、まだ王宮内では他に賊がいないかピリピリしているというのに。
「あっ、アリシア嬢にお相手がいた場合はどうするんですか」
「そこは大丈夫だ。前回のお茶会で本人に確認してあるし、その話がない事も事前に確認済みだ」
カイニスは自慢気答える。
しかし、その質問をした時にアリシア嬢は「どう答えよう」と迷った表情を見せていた事をカイニスは知らない。
「用意周到というワケですか」
「負ける戦をするのはイヤだからな!」
「では自分が選ばれる自信があると?」
「……さぁな」
先程までの自信満々な態度とは違い、カイニスは珍しい態度を見せた。
「選ばれる努力はする。だが、あくまで選ぶのはアリシア嬢本人に一任したい。家柄はともかく、嫌がっている事を強制的にさせるのは俺の本望じゃない」
そう言ってカイニスは窓を見る。
「……そっか」
なんだかんだ優しいという事をルイスは知っている。
カイニスが「本人の意思を尊重したい」と言ったのも自身の母親が「政略結婚」だったからだとルイスは分かっていた。
――そして、僕の母が国王の本当に好きな人だった……って事も。
カイニスの母親にも本当は好きな人はいた……と聞いている。
しかし、カイニスの母親は困窮していた家を救うために現国王に嫁いだ。その事実を現国王である父も知っている。
程なくして、カイニスが生まれ……季節が一度回ったカイニスが生まれた日に彼の母親は亡くなった。
そして、ルイスはカイニスが生まれて数ヶ月に生まれ、カイニスの母親が亡くなる数日前に側室として王宮に迎えられた。
そんな経緯があってからなのか、ルイスの母親は「自分は側室だから」と公務以外には表に出る事はない。
「……分かったよ」
しかし、そんな事があってもカイニスは弟のルイスに優しく、そしてルイスもそんな兄を慕っていた。
だから、ルイスは「きっと兄さんなりの考えがあるのだろう」とこの提案を受ける事に決めたのだった。
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