『現状、とりあえずは様子見』


 そういう事になり、あっという間に数日が経過した。


「――お嬢様。そろそろ休憩致しませんか」

「え、嘘。もうこんな時間!?」

「申し訳ありません。随分熱心に見られていたので」

「もう、今日は家庭教師が来ないから良いけど」


 そう言ってアリシアはついさっきまで読んでいた「魔法の使い方」という本を閉じ、クリスが引いたイスに腰を下ろした。


「今日は先日お嬢様が食べたいとおっしゃっていたココアの菓子とその菓子に合いそうな紅茶をご用意しました」

「ありがとう。うん、美味しい」

「それは良かったです。料理長にもそう伝えておきます」


 クリスがそう言うと、アリシアは「よろしくね」と笑顔を見せる。


「……」


 あの告白から数ヶ月が経ち、アリシアは「たとえ破滅になったとしても、よっぽどの事がなければ国外追放」と思い立ったらしく、将来を見据えて「準備」を始めた。

 その「準備」の前段階としてまずアリシアは「国外追放になった場合、自分で生きなくてはいけない」そう考えたのだそうだ。


「ケイネリア国では魔法を使える人は稀少だけど、他の国ならもっと稀少価値が上がるみたい。だから……」


 そこでアリシアは「魔力制御」について学び始めた。


「魔力制御……ですか」

「ええ」


 アリシアの言葉にクリスは驚いた。


 通常、アリシアの位の年頃の子供は「魔力制御」ではなく「魔力を増やす」もしくは「魔力に慣れる」という事に重点を置くモノだ。

 しかし、アリシアは「魔力は一般的に持っていればそれでいいのよ。問題はその使い方だから」そう言っていた。


「使い方……ですか」

「ええ。私はどうやら『氷』の……いえ、基本魔法の『水』を発展させたモノが得意みたいね。お父様の血が濃いのかしら」

「そうかも知れませんね」

「見た目はお母様に似ているらしいけど。でも、水魔法ではそこそこの魔法しか使えない。だけど、コレをさらに応用する事で私独自に『氷魔法』に発展させる事が出来たわ」


 この国ケイネリアの魔法は基本的に『火』『水』『風』『地』に分類される。


 そして、アリシアの魔法は一応『水』に分類されはするものの、それを発展させた『氷』を得意としていた。


 ――正直、お嬢様も独自の魔法を習得した様なモノだと思いますが。


 それこそ、アリシアの言っていた主人公と同等……いや、それ以上の価値があるかも知れない……クリスはそう思ったが、やる気になっているアリシアの邪魔をしないためにもそっとしておく事にした。


「一応。水魔法が得意ってなってはいるけど、固めちゃった方が何かと使いやすくて」

「しかも、通常は『水を氷にする』という事にも魔力が必要にも関わらず、お嬢様はその魔力が必要ないとなれば、確かに『得意』と言っても過言ではありませんね」


 しかし、クリスは「お嬢様は魔力を有してはいるものの一般的ほど」つまり「そこそこ」だったという事を知っていた。


「ですが、それならばやはり魔力を増やす事に重点を置かれては? それだけで魔法関連で就職しやすいと思うのですが」


 実は魔力は訓練次第で増やす事も可能だ。その上、減る事はない。


 そして、魔力が多ければ多いほど進路も開けてくる。それが分かっていたクリスはそう尋ねると、アリシアは……。


「あまり一人が大きな力を持つのはね……良くないのよ。一つの家が大きな力を持てば、敵も多くなっちゃうし」


 そう言って寂しそうな表情を見せた。


「その点、魔法の発展くらいなら使いようによっては日常生活の助けにもなるでしょう?」

「……そうですね。それこそ、お嬢様の『氷』魔法は役立ちそうです」

「うん。それで今は、氷魔法の魔方陣が常時発動出来ないかなって考えているの」

「常時発動型の魔方陣ですか。今使われている魔方陣は確か、一度使われたら消えてしまいますよね」

「ええ。でも、コレがもし出来たら、もっと生活は豊かになるはずなのよ」


 そう言ってアリシアは笑う。


 確かにアリシアは膨大な魔力は有していない。しかし、それ以上に「魔法の使い方」がとても器用だった。


 ――その事を踏まえて考えると、家庭教師も必要ない様に思えてしまいますね。


 それくらいアリシアは器用に魔法を使いこなしていた。


 ――それに普通「魔法」と言われれば、ほとんどは「攻撃の手段」として連想されるというのに……本当に変わられたのですね。


 実は旦那様も今のアリシアと似たような事を言っていた。


 ――しかし、なかなか「意識」というのは変わらないモノ。


 旦那様を目の敵にしている人たちの多くは血の気の多い昔からの「魔法は攻撃手段」という意識が抜けきっていない輩ばかりだ。


 ――今は戦争もほとんどないというのに。


 旦那様が今の地位にいられるのも、現国王がその考えに同意した結果である。


 ――それにしても、まさか五歳の娘が「魔力制御に関する書籍が欲しい」とお願いをされた時は確かに驚いていましたね。でもまぁ、今までの宝石だの洋服だのに比べたら驚くのも無理もありませんか。


 旦那様には詳しい話はしていない。


 それは「お父様に心配はかけられないから」というのもあったが、一番の理由は……。


「そもそも、私の話を信じてくれるか分からないし。それこそ医者を呼んで大騒ぎ……なんてなったら大変だもの」

「……そうですね」


 確かにそれは容易に想像が出来た。それに、アリシアが回復した今も旦那様はアリシアを心配して、クリスにちょくちょく様子を尋ねている。


「お父様にお願いして家庭教師も雇って頂いたので、今から準備すれば魔法学校でも落ちこぼれになる事もなさそうだし!」

「落ちこぼれだったのですか?」

「うっ、ええ。物語上のアリシアはカイニス王子にひっついてばっかりの劣等生だったわ。大方、自分は国王に后になるから……って理由だったのでしょうけど」

「なるほど」


 他の人たちから見れば、相当浮かれている人に見えるだろうが、当の本人は気がついていなかったのだろう。


「これで常時発動出来る魔方陣を確立して、日常生活でも役立つ魔法道具を作る事が出来れば、最悪国外追放になっても生活は出来るはず」

「そうですね。むしろ、それだけの実績があれば国外追放すら免れるかも知れませんね」

「……そうなると私的にはありがたいのだけれど」


 アリシアはそう言って、クリスが入れた紅茶を一口飲んだ……瞬間。


「しっ、失礼致します!」


 そう言って「バンッ!」と部屋の扉を開けて現れたのは、メイドのカナだ。


「……カナ。扉を開ける時は静かにね」

「すっ、すみません。お嬢様」


 カナはそう言って勢いよく頭を下げる。


「それで、どうされたのですか」

「あ、はい。そのカイニス王子からお嬢様に宛に手紙が」


 そう言って差し出された手紙には、確かに王族の証が刻印されている。


「クリス、読んで」

「かしこまりました」


 そうして読み上げた手紙には「先日のお茶会の改めての謝罪。それと、お嬢様を王宮に招待したい」という旨が書かれていた。


「……」

「どうやら、このまま魔法学校入学まで何事もなく……とは行かせてくれないようですね」


 詳しい内容までは書かれてはいなかったものの、予想としては「いつもお茶会をしているのはお嬢様の屋敷だから、たまには王宮で……」といったところだろう。


「通常であれば王子のお誘いを無下にする事は不敬罪になりかねませんが、お嬢様は一度王宮でのお茶会で毒物混入の事件に遭われています。それでしたら予防線として『お茶会でしたら前回の事も踏まえてお断りしたい』という旨の手紙を出す事も可能かと思いますが」

「そっ、そうね! それなら……」

「ですが『そんなつもりで出したワケじゃない!』とその手紙を出した時点でそれ自体を不敬と思われてしまう可能性も否定出来ません」


 クリスは自分の考えを話したが、すぐにそれを否定した。しかし、それくらいこの話の対応は難しいのだ。


 ――それこそ一歩間違えば不敬罪になりかねない。下手をすればここで破滅してしまう可能性もあります。


「あー、もう! じゃあどうすればいいのよ!」

「お嬢様。貴族の令嬢がそういった声を出されるのはどうかと……」

「コレが落ち着いていられるわけないでしょ!」

「…………」


 アリシアはそう言って頭を抱え、クリスも「さて、どうしたものか」とこの話の対応の難しさに無言で考えるしかなかった――。

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