――お嬢様が言う『物語』は「インフィニティ・マジック」という題名で、なんでも『恋愛シミュレーション』つまり、自分が物語の主人公になって「攻略対象」とされている男性と恋愛を疑似体験出来るというモノらしい。


「つまり、その攻略対象となるのが先程名前を上げた方たち……という事ですか」

「ええ。それ以外にもあと一人隠し攻略対象がいるらしいのだけれど……」


 そう言ってアリシアは俯いてしまった。


「どうかされましたか?」

「実は、第一王子のカイニス様を攻略したところで……その、私。その世界では事故で死んじゃって……」


 照れくさそう……という表現はこういった話の時は適さないとは思う。だが、この時のアリシアの表情は……なぜかこの表現が合っていた。


「……」

「だっ、だからね! 私が分かっているのは大まかな物語の進行と、カイニス王子のルートぐらいで……他の人たちの話はあまり詳しく知らないのよ」


 アリシアはそう言ってまたも俯く。


 最初、何かを取り繕うように大きな声を出したのは「前世で亡くなった」という話をあまり深く追求させない為だろう。


 ――前の人生で亡くなった……という話は、やはりどうしても受け入れがたいモノがありますが、お嬢様が嘘を言っている様子もありません。


 しかし、クリスとしては『恋愛シミュレーション』いや『恋愛疑似体験』という言葉に馴染みがないため、正直アリシアの話について行くのがやっとである。


「――なるほど。話は……正直、今も完璧には理解出来ていませんが」

「ごっ、ごめんなさい」

「いえ、私の方から手伝いたいと言ったのですからお気になさらず。しかし、今の話でいくと……確かに、お嬢様が行動を起こさなければその『破滅』にはならなそうですね」

「ええ」


 確かに「王子とのお茶会」というアリシアの言うところの「イベント」は回避できなかったモノの、今のアリシアに「王子の婚約者」という肩書きは持っていない。


 ――おおよそ、カイニス王子がお見舞いに来た時にお嬢様が意図的に避けたのでしょう。


 その事を考えれば、魔法学校に入学した時点でそもそもカイニス王子とアリシアの関係性は最初から違う状況だ。


「カイニス王子とお茶友達って言うところは多少引っかかるけど。婚約者よりはマシよ」

「お嬢様としては、他に王子に婚約者が出来れば……という事ですか」

「ええ。そうなれば、私が『悪役令嬢』になる事はない……と思うの。いえ、むしろその人に私の役割が移るかも知れないわ」

「……なるほど。確かに、お嬢様がその役割を担わなければいけないという事ではありませんからね」


 クリスはそう言って「うんうん」と納得した様に頷く。


 アリシア曰く、この物語には「主人公」がいるらしく、カイニス王子がその方と婚約した場合。アリシアは「魔法を使って主人公を陥れた」という罪で国外追放されるのだそうだ。

 そして、婚約出来なかった場合は「主人公を殺そうとしたアリシア様がカイニス王子に返り討ちに遭い殺されてしまう」というモノらしい。


「そして、婚約者を殺した自責の念に駆られてカイニス王子はお城に閉じこもり主人公と別れ、最終的には第二王子のルイス王子が国王になるって話よ」

「……あの、確かに、カイニス王子は護身用として剣を持ってはいますが……それに、お嬢様がその主人公を陥れるとはとても……」


 ――いえ、コレが以前のお嬢様であれば……。


 ありえない話ではない……とクリスは思ってしまった。それくらい、以前のアリシアは自分が一番だったのだ。


「確かに、今の私はそうならない様に気をつける事が出来るわ。ただ問題は、他の攻略対象の人たちの事よ。もちろん、主人公の事も気になるけど」

「その主人公という方はどういった方でしょう?」


 クリスは素朴な疑問としてアリシアに尋ねた。


「特別な魔法の使える庶民の出身。とっても可愛くて優しい笑顔を持つ……それでいて守りたくなるような……そんな子よ」

「……」


 そう言って微笑むアリシアの表情は……まるで「私とは全然違うでしょ?」と言っているかの様だ。


「?」


 クリスはアリシアの表情を見た瞬間。胸の奥がゾワッと騒いだ。


「おっ、お嬢……」

「目下の問題はそっちよ」


 しかし、アリシアはそんなクリスに気がついていないのか、そう言って「はぁ」と頭を抱えた。


「……ですが、先程の方たちでの中で私が詳しく分かるのは第一王子と第二王子のお二人だけ。もう二人の方でキーストン様は現宰相のご子息だという事は分かります。ですが、それ以上の事は分かりません。それにもう一人の方の事はお名前すら初めて聞いたモノで……」

「そう」

「僭越ながら……お調べ致しましょうか?」

「……いいえ、大丈夫よ。ありがとう。一度はクリアしているから。でも、その二人は第一王子とあまり関わりがなかったから……ちょっと気にはなるけど、多分この二人とは魔法学校で知り合う可能性が高いって事ね」

「……なるほど」

「一人は宰相の息子で、後一人の情報は皆無。もしかしたら、庶民。いえ、ひょっとしたらお父様を良く思っていない貴族の息子かも知れないわね」


 そう言われてみれば合点がいった。


「とりあえず、このまま魔法学校に入学出来る事を祈るしかなさそうね」

「そういう事になりそうですね」


 このまま行けば『悪役令嬢』にはならずに『破滅』も回避出来る……この時はそう思っていた。


 ――しかし、それはあくまでこのまま行けば……という事なのですが。


 そうクリスはアリシアの言葉に頷きながら心の中でそっと呟いた――。

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