一般的に『破滅』とは「ほろびる事」や人格・家・国家などが成り立たなくなる事。または「滅亡」を意味する単語だ。


 ――しかし、お嬢様は今「自分自身の事」として「破滅」という言葉を使われた……それは一体?


 そして、ついさっき話をした中で「特に重要」としてアリシアが聞きたがっていた四人の男性。

 その中には先日会った「ケイネリア国第一王子のカイニス様」もいる。


 ――他には「第二王子のルイス様」と「宰相のご子息のキーストン様」のお名前がありますが……最後の方は誰でしょうか。


 殴り書きされた紙を見たクリスは、ふとそう思った。


「ですが、お嬢様は公爵家の令嬢です。そう簡単に『破滅』など起きそうにありませんが」

「そう……ね。それが普通の反応よね」

「つまり、お嬢様の身に『普通』ではない何かが起きると?」

「ええ」

「どうして断言出来るのですか?」


 クリスはでも自分の主とも言えるアリシアに対し、かなりズカズカと言いたい事を言っている様に思う。

 しかし、クリスがそうなってしまうほど「公爵家の令嬢が破滅する」という事は「ありえない」のだ。


 ――私がやろうとしている事が、まだ「ありえる話」だというのに。


「私が思うに、この世界は私の前世でプレイしていたゲームの世界にソックリなのよ」

「げーむ? それは……一体?」

「えーと、簡単に言うと本などの物語を機械で……」


 アリシアは何とか説明をしようと試みたものの、クリスが「機械」という単語にあまりピンときていない事を察し「――ってこれも分からないか」と、頭を悩ませている。


「うーん、とりあえず。この世界は私が前世で読んでいた本の世界そっくり……いえ、そのものなのよ」

「それは……その。つまり? この世界は本の中の物語の舞台……という事でしょうか?」

「舞台どころか登場人物の名前も含めてそのままね。しかも、私はその物語では『悪役』いえ『悪役令嬢』なのよ」

「……」


 ――なるほど。


 ここまで説明されて何となくクリスは理解した。


 ――しかし、それがどうしてお嬢様の『破滅』という話になるのでしょう?


 正直そこが未だに謎だ。


「クリスの言いたい事は分かるわ。たとえ舞台が一緒だったとしても、未来は違うんじゃないか……って」

「はい。それに、お嬢様が『悪役令嬢』という事も分かりません。つまり、お嬢様が『悪役』という事になるのでしょうか?」


 以前のワガママ気ままなアリシアであれば、この『悪役令嬢』になっていた可能性は否定出来ない。


 ――しかし、今のお嬢様なら……。


 その心配は皆無とも言えそうなくらいだ。


「正直、私もそうならない様にしようと思ってはいるわ」


 アリシアはこの物語の大筋を知っている。だからこそ、自分がどう動くべきなのか分かっているのだろう。


「それに、ありがたい事に今の私は五歳。物語の本編が始まる前だから」

「……なるほど。つまり、物語が始まる前という事ですか」

「ええ。序章にすら入っていないわね」

「つまり本編は……」

「魔法学校に入学してから……ね」

「なるほど」


 この世界には『魔法』が存在している。


 そして『魔力を有している人』はこの国では全体の八割。しかし、実際に『魔法が使える人』はその魔力を有している人の中で二割程だ。

 つまり「魔力は持っていても、実際に使える程の力を持っている人」というのはなかなかいないという事だ。


 そしてそれは貴族の優劣を決めるのにも用いられており、強力な魔法を使える貴族の位も高い。


 ――まだ子供と思われているお嬢様もその例に漏れず魔力をお持ちですし。


 ちなみに『魔法学校』とは、その魔法の勉強をするためにケイネリア国王が設立した教育機関だ。

 この「魔法学校に通うこと」自体が貴族の一種のステータスにもなっている。


 ――そういえば、庶民の中でも魔法学校に入学する人もいると聞いた事がありますね。


 この国の貴族はほんの一握りであり、庶民は多い。そのため、魔法学校に通える程の実力を持っている人も中にはいた。


 そして、ふとクリスはついこの間お嬢様に「貴族の結婚について」聞かれた事を思い出した。

 実は、魔法学校に通っていた庶民が貴族と結婚する事がごく稀にあるという事をクリスは聞いた事があったからだ。


「本当は、本編が始まる前に王子たちと関わりをもたない様にしたかったのだけれど……」

「それは……諦めて下さい」


 アリシアと第一王子のカイニス王子はすでに出会い、今ではたまにお茶飲む仲である。そんな状況にも関わらず、今更なかった事には出来ない。


「はぁ、でも。物語の通りであれば、私は王子の婚約者になっていたはずだから、ならなくて良かったとは思うけど」

「おや、物語とは違うのですか」


 それは意外だ。


「ええ。毒物混入……というところは」

「そこは物語の通りなのですね」

「――悲しい事にね」

「しかし、それはつまりお嬢様がかなり大きく行動を変えない限りは物語の通りに進んでしまう……という事の裏返しとも言えますね」


 アリシアから聞いた話では、物語で本来毒物が混入された場所はあのメイドと他のメイド数名と王子。アリシアだけしかいない小さな王宮の一室だったらしい。


「でも、場所は変わっても『毒物混入』というイベントは変わらなかったから、色々な事が分かった出来事でもあったわ」

「そう……ですか」

 ――しかし、お嬢様の話を聞く限り。あまり「魔法」や「国」については気にしていない様ですね。


 クリスとしては、むしろそちらの方が大事な様にも感じるのだが。


 ――つまり、お嬢様の言う『物語』はそれ以外の事に重きを置いている……という事なのでしょう。


「お嬢様。つかぬ事をお伺いしますが」

「……何かしら?」

「お嬢様の言う『物語』とは一体どういったモノなのでしょうか。もしよろしければ、私にも何かお手伝い出来ないでしょうか?」

「……クリス」


 アリシアとしては、自分自身の置かれている現状をクリスに話すだけのつもりだったのだろう。

 しかし、クリスとしてはそうはいかない。

 何せ、主が一人でその『物語』とやらの『運命』に立ち向かおうとしているのだから。


 本当であれば、物語では主とそれに仕える従者の美しいシーンの一つに見えたかも知れない。しかし、この時のクリスの内心は違った。


 ――それにお嬢様の動向を知るという事は、将来的に私に返ってきますから。


 そんな事を思われているとはアリシアはつゆ知らず、頭を下げるクリスに対し「分かったわ」とその申し出を了承したのだった。

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