第2章 突然の告白と招待状
①
「どうかされましたか。お嬢様」
「――入って」
部屋の外から声をかけたクリスに、アリシアは短く答える。
「……」
夕食も終え、入浴も終わっている……どころか普段のアリシアであればすでに寝ている時間だ。
小さい頃……それこそクリスがアリシアに仕え始めたばかりの頃は、ほぼ毎日の様に呼び出されていた。
その理由は「絵本を読んでほしかった」というモノ。
人によってはコレを『ワガママ』と捕らえるかも知れないし、可愛らしいとも思われる理由なのだが、実はコレに関しては決して『ワガママ』いうワケではなく……。
ただ単純に「寂しかったのだろう」とクリスは思っている。
「失礼致します」
アリシアの許しが出たのを確認し、クリスは一言そう言って部屋へと入る。
「来たわね」
クリスを出迎えたアリシアは……窓から見える月も相まってとても五歳児とは思えない雰囲気をまとっていた。
「……」
――てっきり絵本の読み聞かせをご所望かと思いましたが……どうやら違う様ですね。
部屋には灯りがついていて、暗くはないが、それでも日中と比べたらやはり暗い。
「どうかされましたか」
「……少し話をしようと思ってね」
「話……ですか」
「ええ」
そう言ってアリシアは近くにあったイスに座る。
「私の変化にいち早く気がついたみたいだから」
「……!」
変化……という事は、やはりアリシアは変わったという事なのだろうか。
「―い―そうですか。つまり、あなたは以前のお嬢様とは違う……というワケですか」
「……ええ」
クリスを真剣な表情で見つめるアリシアは、やはり大人びている。
「……なるほど」
大人びて見える事に加え、様々な点でここ数日感じている違和感の理由は……多分、今の言葉が答えなのだろう。
――ですが、それを受け入れられるかどうかはまた別の話ですけど。
「……」
こうして改めて見ると、旦那様ほど「かわいい」とは言わないものの。アリシアもかわいい見た目をしていると思う。
今は亡き奥様譲りの茶色が奥様と比べて少し明るいのは……多分旦那様の血が関わっているのだろうと推察出来る。実は、旦那様は金髪に近いかなり明るい髪色をしているのだ。
そして、コレまた薄めの翡翠の目。コレも奥様譲りだ。
たまに向けられる視線の鋭さはあるものの、それを差し引いても……とクリスは感じていた。
「混乱している……という感じかしら」
「混乱……そうですね。何となく感じてはいましたが、改めてお嬢様の口から言われると……」
どうしても反応に困り、思考が固まる。
「私も最初は混乱したわ。だって、目が覚めたら違う自分になっていたから……」
「違う自分……という事は……つまり?」
クリスは何となく理解出来ている様な……出来ていない様な……そんな不思議な感覚になった。
「……私は、多分『転生』したのだと思うの」
「転生……ですか」
「ああ、うん。そんな反応に……なるわよね」
「申し訳ありません」
「うーん。簡単に言うと、今の私は元々の世界で生きていた人間という事なんだけど……」
「……」
「えーっと、つまり私の今の精神は十五歳って事なんだけど」
アリシアは「コレで分かりますか?」といった感じでクリスの様子を窺っている。
「……正直、困惑という感じです」
「……そう」
「ですが、少なからずあなたが以前のお嬢様とは全然違うという事は分かりました」
クリスがそう言うと、アリシアは「今はそれが分かっているだけでいいわ」と苦笑いで答えた。
「それで、それを伝えるため私を呼んだのですか? 確かに大事な話ではありますが……」
それならば、無理に今日話す必要もないはずだ。
「この時間なら……誰にも聞かれずに済むと思ったのよ」
「?」
「ほら、アリシアの幼い記憶ではこの時間帯に絵本を読んでもらっていたからはずだから」
「……そうでしたね」
言われてみれば、確かにそうである。
そして、この時間にアリシアに呼び出されても、事情を知っている他の使用人たちは気にも止めない。
「ところで、あなたは一体誰なのでしょうか? 確か、別の世界で生きていた十五歳の方という事らしいのですが」
「ああ、うん。その前に聞きたい事がいくつかあるの」
「聞きたい事……ですか?」
「ええ、アリシアの記憶は確かにあるわ。でも、以前の私の記憶もある。だから、今の内にちゃんと整理しておこうと思ってね」
「……なるほど」
確かにアリシアの言う事は分かる。
今のところ「最近お嬢様は変わられた」と思っている使用人は多いが、クリスの様に「まるで別人」とまで思っている人間はそう多くない。
だが、今アリシアが言った言葉の通りであれば、アリシアは「前世ないし別の世界の記憶を持った人間の精神が中に入っている状態」という事だ。
つまり、二つの記憶がアリシアの中にある……という事なのだろう。
――それを改めて言葉にしてみると、なかなか愉快な状態ですね。
そこまで問題は現状ないものの、これから社交界デビューする事も踏まえると、ちゃんとすりあわせはしておいた方がいいだろう。
――何かボロが出てからでは遅いですからね。
「分かりました」
クリスは「そういう事なら」と頷いた。
「良かった。それじゃあ、まず聞きたいのだけれど」
「はい」
「あの、アリシアのお母様は……すでに」
「……はい。亡くなっております」
そう、ヴァーミリオン公爵の妻。つまり、アリシアの母親はすでに亡くなっている。
「そう」
「はい」
アリシアがクリスに「夜に絵本を読み聞かせして欲しい」とねだっていたのも、それが理由だ。
「じゃあ、お父様が私を甘やかしていたのは、それも理由の一つだったのかも知れないわね」
「そう……かも知れませんね」
その時の事はクリスもよく覚えている。
「旦那様と奥様はとても仲が良かったので、奥様が亡くなった時の喪失感は計り知れなかったかと……」
「そう。じゃあ、お父様はお母様に向けていた感情を私に向けていたのかも知れないわね」
「そう……かも知れませんね」
言われてみればそうかも知れない。それならば、公爵がお嬢様にやたらと甘い理由も理解は出来る。
――実際のところは分かりませんが。
「以上でしょうか?」
「ううん、他にも聞きたい事があって――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「以上でしょうか」
「そう……ね。うん、ありがとう」
クリスは一通りアリシアからの質問に答えた。
「しかし、魔法や学校の事。この国についてお聞きしたい気持ちは分かります。ですが、この方たちの話はなぜ……」
思わずクリスはそうアリシアに問いかけた。
確かに、このケイネリア国にある魔法の事やそれを学ぶ魔法学校の事。さらに国の情勢について聞きたくなるのは、クリスでも分かる。
しかし、アリシアが「特に重要事項」としてクリスに聞いたのは『四人の男性』についてだった。
「あー、うん。ちょっと……ね」
そう言ってアリシアは歯切れ悪くクリスから視線をそらした。
「?」
――先程の話以上に言いにくい事なのでしょうか。
クリスがそう思ってしまうほど、アリシアのリアクションは分かりやすい。アリシア自身も分かっているのか、どうにか説明しようと頭をひねっている様だ。
「あ、うー……うーん。実は、ね。私、このまま行ったら破滅しちゃうのよ」
しかし、どれだけ頭をひねっても、上手い言い方が見つからなかったのか、アリシアは小さくため息をつきながら吐き捨てる様にそう言った。
「……はい?」
そして、全く予想していなかった『破滅』という言葉に、クリスは目を丸くしてその場で固まった――。
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