⑤クリスの独り言
アリシアがカイニス王子と初めて会い、お茶会で倒れて早くも十数日が経過した。
今のところ、アリシアの様子は……以前とは比べものにならない程大人びて、以前のような『ワガママ』や『無理難題』を使用人に要求する事はなくなった。
おかげでヴァーミリオン家は今、ものすごく平和だ。
最初でこそ、専属のメイドを始めとした使用人たちもアリシアの変化に戸惑っていたが、慣れしまえばどうって事はない。
むしろ、全員「このままでいて欲しい」と切に願っているほどで「いつ元に戻ってしまうのか」と心配になっている者もいるほどだ。
――お嬢様がそれを聞いてどう思うか……なんて、私の知った事ではありませんが。
そう毒を吐きたくなるほど、アリシアを色々な意味で案じている者は多い。
あのお茶会以降、カイニス王子は最初でこそ「お見舞い」と称してヴァーミリオン家を訪問していた……のだが、なぜかここ最近もよく来ている。
しかも、ここ最近は話し方も変わり、本来のカイニス王子の姿を見ているようにクリスは感じている。
――素の自分を見せられるほど、アリシア様を気に入っているという事なのでしょうか。
だが、婚約者でもない一つの家に王子が出入りしている……という事自体、本来はあまり褒められた話ではない。
――友人……と言ってしまえば簡単な話ではありますが。
しかし、実際の話はそんな簡単なモノではない。
正直、この話が「男性」つまり同性であれば、それで話は終わってしまう程度の事だとは思う。
――面倒な話ではあります。ただ単純に「異性」というだけの話なのですから。
様々な感情が渦巻き、少しでも隙を見せた瞬間に相手を落とそうとする大人が多い貴族社会では、時として「たったそれだけの事」という些細な事で相手を引っ張る足かせになってしまうのだ。
――現に、王子の行動は貴族たちの間でも常に話題になっていますし。
今のところ「様子見」といった様相を呈しているが、コレがいつ変化するか分からない。
「……はぁ」
しかし、実のところアリシアも今のカイニス王子の行動には不思議に思っているらしい。
「お見舞いに来てくれるのは分かるし、ありがたいわ。でも、もう私は元気だし、そこまで気にかけなくてもいいと思うのよ」
お茶会は終わり……というよりは強制的に打ち切られ、婚約者の話もなくなり、王子とアリシアの直接的な関わりはそこで途切れるはず……だった。
だが、王子との関係は切れずに「たまにお茶を飲む仲の良い友人?」という位置で止まっている。
アリシア曰く「一体、カイニス様は私のどこをそこまで気にいたのかしら?」と事をクリスに言うくらい困惑している様だ。
――それにお嬢様の言葉を聞く限り、どうにもお嬢様はカイニス王子とあまり深い関係にはなりたくない様にも感じますね。
以前のアリシアであれば、なんとかして婚約者になろうとしただろう。
それこそ「こうなったのはあなたのせい」とすら言ったかも知れない。実際のところ、今回の一件は公爵に対する逆恨みなので、正直カイニス王子は一切関係ないのだが。
――そう考えると、やはりここ最近のお嬢様はおかしいですね。
医者は「毒物による高熱にうなされる事はある」と言っていたが、性格の変化に「毒物は関係ない」と断言している。
――もしかしたら、高熱を出している間に何か心境の変化があったのかも知れませんね。
カイニス王子の行動の真意を測りかねはするものの、それを一介の使用人が分かるはずもない……と、クリスは手帖を閉じた。
「さて、それでは……」
手帖を閉じたタイミングとほぼ同じく、アリシアから呼び出しのベルが鳴った。
「おや、どうされたのでしょう?」
あのお茶会の前ではよく使われ、ここ最近ではめっきり使われなくなったベルの音を不思議に思いつつ、クリスはアリシアが待つ部屋へと向かった――。
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