「……」


 ――どうしてこうなったのでしょうか。


 目の前にいるのは、寝間着姿で子供のアリシアが一人で使うにはあまりにも大きすぎるベッドではあるが、そこでアリシアは眠っている。


「……」


 ここはアリシアの自室だ。


 ――特に外傷があるワケではないが、心の傷は負ってしまったかも知れませんね。


 スースーと規則正しい寝息に、クリスはどことなく安堵する。しかし、アリシアはカイニス王子と対面してから三日経った今でも眠ったままだった。


 ――このまま目を覚まさないという事もあり得るのでしょうか。


 ふとそんな心配が過ぎる。


 あの日、カイニス王子と初対面を果たしたアリシアはその後、カイニス王子に連れられて王宮の温室へと案内された。


「ちょうど、たくさんの花が満開の時期になっているんです。よろしければ、ここでお茶でもしませんか?」


 そうカイニス王子がアリシアを誘ったのがそもそものきっかけだった。


「はい、喜んで」


 アリシアは王子の誘いに二つ返事で頷き、温室で植物観賞をすると共にお茶会をする流れになった。


 ――しかし、まさかそのお茶会でこんな事になろうとは思いもしませんでしたが。


 カイニス王子に連れられてアリシアは王宮専属の庭師の説明を熱心に聞き入っていたアリシアは、説明を聞き終えた後。カイニス王子と共にそのまま机についた。


 そうして、王宮のメイドが用意した紅茶を一口飲んだ瞬間――。


「う゛」

「!」


 アリシアは突然うめき声を上げ口元を押さえ、そのままイスから倒れ、のど元を押さえた。


「お嬢様!」


 うめき声が聞こえた瞬間、クリスはすぐにアリシアの元に駆け寄り、すぐに医者を呼ぶように指示を出した。


「アリシア! アリシア!」


 医者が到着するまでの間、旦那様はアリシアの手を握りずっと呼びかけていた。


「……」


 クリスはすぐについさっきまでアリシアが使っていたカップを拾い、王宮の執事とメイドをその場から動かない様に指示をした。

 しかし、その時に分かっていたのは「お嬢様の紅茶に『毒』が盛られた」という事実だけである。


 その場はすぐにお開きとなり、カイニス王子から謝罪を受け、そして「必ず犯人は見つけ出します」という言葉を頂いた。


 幸い、すぐに医者を呼んだ事から「毒による後遺症の心配もない」と診断を受け、クリスと旦那様はひどく安堵していた。


 そうして王宮を後にし、帰宅してクリスは旦那様に呼ばれていた。


「それにしても、まさか王宮でこんな事になるとは……」

「あの場にいた人はそう多くはありません。そもそも、お嬢様が王子と対面する事は今日急遽決まった事。この事を知っていた人物の犯行でしょう」

「ああ。だが、アリシアが心配だ。今回は幸い何事もなかったが……クリス」

「はい」

「アリシアの様子で少しでも気になる事があったらすぐに言ってくれ」

「了解致しました」


 確かに五歳の少女が「毒を盛られた」という事実は……アリシアのこれからの人生に少なからず影響を与えるだろうと思われる。

 だからこそ、旦那様の心配はクリスもよく理解していた。


「全く、余計な事を……」


 旦那様の部屋を後にしたクリスは一人、いつの間にか登っていた月を見上げながら小さくそう呟いた――。


◆  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 後日、アリシアが口にしたお茶を用意した人物は王宮のメイドで、その人物がアリシアに毒を盛った犯人だという事が判明した。


 そうしてそのメイドはすぐに捕らえられたのだが「雇い主までは分からないだろう」と、その時は思われていた。


 なぜなら、こういった時の犯人は口を割る事がほとんどなかったかである。

 その理由は色々あるが、よくある理由としては「家族が人質にとられている」という場合が多い。


 しかし、今回はどうやらそういう事ではなく、メイドは金で買収されていた。

 だから、メイドはさっさと金を渡した取引相手を話し、その相手が……公爵をよく思っていない「リーコア」という田舎の伯爵の仕業だと判明した。


 しかも公爵本人ではなく、娘のアリシアを狙った理由は「大切にしている人が亡くなる苦しみを思い知って欲しかった」というモノだったらしい。


  実は、この伯爵家には幼い男児がいたのだが、流行病はやりで亡くなってしまっていた。

 そんな中で、公爵の家に同じくらいの年の娘がいる事を思い出したらしい。


 ――元々、公爵に対して良い印象は持っていなかった様ですね。


 国の中でも絶大な力を持っているという事が気に入らなかったところに「公爵の娘が王子と謁見する」という噂を手に入れて今回の騒動を企て、金で困っているメイドを買収し、事に及んだ……という事の様だ。


 ――要するに逆恨み……というヤツですね。


 理由もそうだが公爵は大激怒……だったのだが、そもそも今回の一件は王宮での出来事。そして、メイドを買収した件の伯爵家は王族によって伯爵の位を取り上げられたそうだ。


 その上、国外追放……という形でこの騒動は終わりを迎えたのだが、それはもう少し先に分かる事である。


 ――結局、王子の婚約者どころの話ではなくなってしまいましたね。


 クリスはそう思いながらアリシアの様子を見る。


「……」


 アリシアはまだ目を覚ます気配はないものの、呼吸は安定している。それを確認したところで……。


「クリス様、申し訳ございません。ただ今戻りました」

「いえ、私もお嬢様の様子が気になっていましたので……」

「そうでしたか」

「今のところ目を覚ます様子はありません。申し訳ありませんが後はよろしくお願いいたします。何かあればすぐにお知らせ下さい」

「はい、お任せ下さい」


 後の事はメイドであるに任せ、クリスはアリシアの部屋を後にしたのだった――。

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