第1章 第一王子のお茶会と違和感
①
秘密とは本当に厄介なモノで、それを抱えている人間はその秘密の大小に関わらず、苦しむ事が多い。
しかも、それが「誰にも言えない」となると、その苦しみは徐々に大きくなる。
ただ、その苦しみから逃れる事が出来るとしたら、それはその秘密が周囲に明らかになった時か、その秘密を抱えている本人が「誰にも言えない」という状況に「諦めている」かのどちらかだろう。
――私の場合は……明らかに後者でしょうね。コレがバレたら私は確実にこの世界から抹消される類のモノでしょうし。
そう思いながらクリスは一緒に馬車に揺られているアリシアの方をジッと見つめる。
「……」
元々、クリスはヴァーミリオン家ではなく、それこそスラム街にいた子供だった。
しかし、彼は『ある人物』により拾われ、その人物の紹介でヴァーミリオン家の執事として仕える様になった。
「……」
それにしても、今日はアリシアの様子がおかしい。
――突然の王宮に行く事を伝えても文句の一つもありませんでしたし。
いつもであれば「なんで? 私は今から――をする予定だったの!」とか言ってふて腐れるところだ。
それこそ、もっとひどい時は用件を言った瞬間に「もっと早く言って欲しかった!」と出掛ける前に不満大爆発で手がつけられない状態になっていた可能性も否定出来ない。
それくらいクリスは幾度となくそういった状況に陥ったことがある。
――経験者は語る……というヤツでしょうか。
そもそも「彼女を王宮に連れて行きたい」と突然言ったのはアリシアの父であるヴァーミリオン公爵だ。
――いや、突然それを言ったのが公爵様だからこそ、お嬢様は何も文句を言わなかった……その可能性はあるでようね。
「……」
ワガママで気ままな上に気分屋。それに加えての「言う事をまともに聞かない」という難度の高い彼女の性格には、クリスを含めた使用人たちは手を焼いている。
しかし、このまま社交界に出てしまえば、良くない噂が立ってしまうのは目に見えており、それを利用する人間がいるであろう。
――お嬢様のお父上がこの国では絶大な権力を持っている以上。それは避けては通れないでしょうね。
そして、逆に彼女を咎める人間は……彼女の父であるヴァーミリオン公爵がいる手前、誰もいないだろうという事も容易に想像出来た。
「……」
それにしても、今回のお灸訪問の話はクリスにとってもまさに寝耳に水だった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私の娘。アリシアは目に入れても痛くない程。可愛らしい」
旦那様に呼ばれて部屋に入ると、開口一番にそう言われた。
「……」
しかしこれは『いつもの事』なので、クリスは何も言わずに旦那様を見つめる。
この言葉を聞いた時、普通であれば「何か反応をしなければならないだろうか」と思いがちだが、実際はそうではない。
旦那様は「ただこの言葉を聞いて欲しい」というだけなのだ。
簡単に言ってしまえば今の一言は「本題に入る前の一言」の様なモノである。
だからこそ、この言葉に対し適当な反応をしてしまうと、そこから旦那様のお嬢様に関する事で質問攻めされてしまう。
そして、そこから延々と「いかに自分の娘が可愛いか」という演説を聴かされる。
要するに、本題に入るまでに一息かかってしまうのだ。
――ですから、ここは何も言わずに無言というのが得策ですね。
そう思いつつ、旦那様の話の続きを待っていると……。
「そこで今日は今から第一王子にアリシアを会わせようと思う」
「……」
旦那様は特に表情を変えずに真顔でそう断言した。
――うーん。一体、今の話の流れで「そこで」という接続詞になるのか知りたいところですね。それにしても……。
「今から……ですか。それはまた随分急ですね」
基本的に旦那様は冷静沈着で行き当たりばったりで仕事をする事はなく、キチンと段取りを組み、そのスケジュール通りに行うタイプの人だ。
もちろん、スケジュール通りに行かなくても、そうなった場合の対応もしっかりとしている。
その無駄のない仕事ぶりを見た人は旦那様を「無駄を嫌う人」という印象を受けるほどだ。
「本当はもっと前から話は出ていたが、今まで特にアクションもなかったのだが……それがなぜか今日になって今からお越し下さいという旨の連絡が来たのだ」
「――なるほど、そうでしたか」
「ああ、どうやら王子もなかなか気まぐれな性格をしているらしい」
「……」
――王子も気まぐれな性格ですか……。でもまぁ確かに「いきなり今日来てくれ」という辺り、思いつきで行動するタイプかも知れませんね。
通常であれば、旦那様も「さすがに前もって連絡を下さらないと……」と苦言を呈していただろう。
しかし、そんな旦那様でもさすがにこの国の第一王子を前に、大きくは出られないようだ。
「私も本当は大事な娘を嫁に出す……という事をまだ考えたくはない。娘はまだ五歳になったばかりだ。しかし、第一王子もちょうど同じ年。それでいて王宮内ではすでに『婚約者を』という声が大きくなっている」
旦那様本人としてはカワイイ娘を王子の婚約者候補にするのはかなり気が進まないらしいが、そうも言っていられないらしい。
――つくづく貴族というのは大変ですね。
こんな話を聞いてしまうと貴族の権力争いの異端を見たような気分になる。
しかし「これも貴族に仕える執事の仕事の一つ」と思ってしまえば、どことなく割り切る事が出来る話だ。
「それで、今からその準備をする様に……という事でしょうか?」
「ああ。準備が出来次第王宮へと向かいたい」
そう言われ、俺は「かしこまりました」と深々と頭を下げ、部屋を後にした――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして今に至っているのだが、ずっと窓の外を見ているアリシアの機嫌がよく分からない。
――緊張……されているのでしょうか?
確かに、今までアリシアと第一王子とは一度も面識がない。
――お嬢様は特に人見知り……というワケでもないはずですが。まぁ、騙し討ちみたいな感じになってしまいましたからね。
「……」
こうして改めて彼女の様子を見る限り、不機嫌でヘソを曲げているというよりは単純に緊張しているだけの様にも見える。
しかし、それも仕方のない話だ。
なんだかんだ言って、アリシアは『社交界デビュー』どころか『お茶会デビュー』もまだな幼い子供。
貴族としてのそれらをすっ飛ばして『王子との謁見』ともなれば、年端もいかない少女でも緊張するのは当然な話だろう。
――しかし、こんな小さな年でもう婚約者の話が出るとは正直驚きですね。でもまぁ、確かにここで上手くいって『王子の婚約者』ともなれば、これからのヴァーミリオン家も安泰という事なのでしょう。
ただ、そうなって面白くない人間がいるのも確かだ。それくらいヴァーミリオン家は絶大な権力を持っている。
そこに『王子の婚約者である娘』となれば、更に大きな力を手に入れると言っても過言ではない。
『自分の娘が可愛くて仕方ない』
旦那様はクリスの耳にタコが出来るくらいその言葉を聞いていた。それは旦那様の心の底からの言葉。
しかし、旦那様がそう思っていても、彼もまた貴族の一人。どうしても自分の感情だけではどうしようもない事もあるという事なのだろう。
「お嬢様。そろそろ……」
「あっ、うん」
色々と考えている内に、どうやら馬車は王宮へと着いたらしい。
「お嬢さま、お足元にお気を付け下さい」
「うっ、うん」
おぼつかない様子でアリシアは馬車を降りる。そして、馬車を降りた事を確認し、視線を前に向けると……。
「ようこそおいで下さいました。初めまして、私はケイネリア国第一王子の『カイニス』と申します」
自身を『カイニス』と名乗ったお嬢様と同じくらいの背丈の黒い髪と赤い目をした少年と数名の使用人が、クリスとアリシア様を出迎えた。
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