第158話 紙の使い道、一つ目の種



「紙とは通常、濡れると字が滲み、乾くと波打ちよれてしまいます。積み重ねていると紙同士がくっついて破れる事もあるというのが、紙と水の関係性。水分は紙の敵

……というと少し言い過ぎかもしれませんが、過度な水分と紙の共存は難しい」


 顎に手を当て、水をはじく紙の有用性について考える。

 

 彼の研究成果は、これらの問題点を少なからず解決する事になるだろう。

 全てをマルっと改善するとは思わないし、これからも改良が必要だとは思うけれど、それでも今までになかった技術を編み出すという事はとても難しい。

 その為に費やした時間と労力とそれによってきちんと成果を得ているという点は、称賛に値する。


「そうなんだよ。勿論水に触れている時間が長すぎるとよくないが、少量……そうだな、水滴レベルならば半日くらいは容易に弾くんだ」

「半日も。そうなれば、今まで使用が出来なかったシーンでも新たに紙が使える事になりそうですね」


 つまり、すべからく人々の生活様式に変化をもたらす。

 そう続けると「セシリア嬢ならばこの紙の分かってくれると思っていたよ!」と伯爵が声を上げた。


 あまりの喜びようだけど、もしかして今まで、色んな人にこの話をして思った通りの評価を得られなかったのだろうか。

 しかしまぁそれも仕方がないかもしれない。


 そもそも、誰もが出来ない事を受け入れて生活している。

 代替案を採用していると言ってもいいかもしれない。

 貴族は特に、日々の生活に不便は感じにくいだろう。

 金を出して手に入れる事が出来るものは手に入れるし面倒事は使用人の仕事だから、不便を人力で解消する癖がついている。

 

 きっと誰もが撥水性のある紙について「何となくすごいとは思うけど、それが実際にどう役に立って重宝するのかを想像出来ない」のではないだろうか。

 そしてそれは、もしかしたら今目の前に居るこの人も、同じなのかもしれない。


「因みにこちら、量産の目処が立った後にはどのように利用するのですか?」


 そう尋ねれば、伯爵は急に顔を曇らせる。


「それなのだ。実に革新的な紙だとは思うのだが、利用シーンが思いつかぬ。だからこそ君と話したいと思っていた」

 

 それは言外に、利用方法の相談をしたかったという事である。



 セシリアは過去に二回ほど、彼のそういう問題を解決した。


 最初の社交で話に出た『燃えにくい紙』は今や、国の燃えては困る重要書類として使用されるだけではなく、特定の国へと国外輸出されている。

 特に照明やガラスや壁によく紙を使う文化を持った東の国では、かなり重宝しているらしい。

 それらもすべて、セシリアが助言をした結果得られている利益である。


 二つ目の『伸びる紙』は、主に立体的なインテリアや芸術品を造る方面に役立っている。

 紙自体が薄く日の光を透かす事を利用して、照明と合わせて幻想的な演出をする事も可能だ。

 そういう可能性を見出し提案したのも、セシリアだった。


 おそらく今回も、似たような助言が欲しいのだろう。

 そしてそれはセシリアにとっても、利がある事だ。


 こうして恩を売るのと共に、必要ならば該当紙を優先的に斡旋してもらう事が出来る。

 流行を作る事が社交の影響力を作る事にもなるという社交界の特性上、新しいものに対して誰よりも早く深い情報を知れるという事は、それだけでアドバンテージになるのだ。

 

「そうですね……水場での筆記に使うのは通常として、例えば壁紙に使うのはどうでしょう?」

「壁紙?」

「はい、外との温度差や水場の近くの壁紙は、比較的剥がれやすいのです。理由は水分の吸収と乾燥を繰り返す事により、壁紙が伸縮するからですが、撥水性ならばそもそも水分を吸収しにくいでしょう。伸縮しにくいと思います」


 セシリアの言葉に、彼は「そうなのか!」と顔を明るくする。


「その上比較的汚れもつきにくくなるでしょう。手垢などは結局のところ水分を含んでいるものが、乾く事によって取れなくなるのですから」

「ふむ。屋敷の壁紙にするには面積も量も必要ですからそれなりに値は張ると思うが、その分交換スパンを減らす事が出来るという事ならば……」


 前向きに考え始めた彼に、セシリアは微笑み交じりに更に言う。


「確かモンターギュ伯爵は、紙の卸先に複数の商会を使っていますよね?」

「あぁ、異なる販路を持った三か所に。私は独占販売によって商会が紙の値を吊り上げる事を望んでいない」


 三睨みの状態を作らせる。

 それが、自領の紙を適正価格で販売させるために伯爵が講じている策である。


 紙の品質を信頼している彼は、価格競争の結果安値になる事はそもそも心配していない。

 それよりも、欲しい人が法外の値段を吹っ掛けられる事によって手に入れられなかったり損をするのが嫌なのだ。


 商売向きではない考え方と言えなくも無いが、その結果口コミが回り易く集客に繋がり『良心的なものを作るモンターギュ伯爵領』と言われ好循環を生んでいるのだから、領地経営としては賢い。


 が、だからこそ釘を刺しておく。


「でしたら今回以降、リッテンガー商会は取引候補から外した方が得策です」

「リッテンガー商会といえば王都の大商会だが、何故だ?」

「商会長のリッツが現在、王都の牢屋に拘留中なのです。釈放飲めどもまだ立っていない上に、あそこはワンマン経営でしたから」


 セシリアの言葉に、彼は「なるほど、つまり今後の経営が不安定という訳か」と深く頷いた。

 そして感心したように言う。


「それにしても良く知っているなぁ、セシリア嬢は」

「お褒めにあずかり光栄です。が、今回はたまたま巻き込まれただけなのです」

「巻き込まれた?」

「はい。――モンターギュ伯爵は先日王都で行われた『フリーマーケット』をご存じですか?」

「あぁ、確か学校の貢献課題で行われ、陛下がいたく気に入ったという……」

「私達のグループの施策でした。そしてその会場で、当日に一悶着起こしたのがリッツだったのです」


 セシリアは、困り顔を作って言った。


 この巧みな情報出しにセシリアの意図があった事など、彼は全く気が付かない。

 ただ有用で信頼のおける情報提供に、感謝するだけだった。


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