セシリア・オルトガンの優雅な種まき

第157話 同級生を尻目にやる事をやりましょう



 家ぐるみの社交を回り、解散になった後。

 セシリアは再びゼルゼンとユンの二人を引き連れ自身の社交を再開した。


 ユン曰く「よくそんなに話す事があるよなぁ」との事だけど、人が変われば話題も変わる。

 相手が話題を提供してくれる事もある為、しゃべり続ける事自体はそれ程難しくはない。


 挨拶がてら声をかけ、世間話という名の情報を掻い摘み、程よいところで離脱する。

 そのコツはこれまでの2年間ですっかり掴めているから苦でもない。

 

「しかし、セシリア様と同年代のヤツラはみんなあっちに固まってるんだな」


 言いながらユンが見る先にあるのは、飲食スペースの一角だ。



 大抵王城パーティーでは、社交界デビューから未就学までの子供達は、親に連れられて親の社交の輪に入った結果、暇を持て余し子供たち同士で遊び始める。


 親たちが遠くに行く事を禁じるので子供たちは会場内に点在する事になるのだが、就学してからは大人たちも「そろそろ分別が作頃合いだし、独断で行動させても大丈夫だろう」というのと「学校などで独自の付き合いもできただろう」という心理で放牧するのだが。


「きっと皆さん、大人たちの会話に入る度胸もなければ社交的練度も無いのですよ。だから子供達だけで、ああして一か所に集まる」


 身の置き所が分からなくて飲食スペースへと行けば、似たような境遇の者達が居た。

 そうして出会った顔見知りが時間潰しに話している内に、更にそれを見た他の者達が団子のようになっていく。

 

 毎年社交場で見られるこの現象は、おそらくそうやって作られているのだろう。


「セシリア様は行かないのか?」

「もちろん行きますよ、アレも同年代の立派なコミュニティーですからね。しかしやる事をやってからです」

「まだあるのか? やる事」

「えぇ、あと二つ。今後の為に大切な布石を打ちにいきます」


 セシリアの言葉に「今後の?」とユンが小首を傾げる。

 それに答えたのはゼルゼンだ。


「さっきのだろ。居ただろ? セシリア様に喧嘩を売ってきたやつが」

「あぁ、あの女」

「ユン、言葉遣い」

「あ、いっけね」


 ユンは、他の人が近くに居ないとついつい素が出るらしい。

 その辺はゼルゼンの練度に遠く及ばないが、今日は初めての公の場だし、この雑踏で声を潜めているのだから、誰かに聞かれている訳でもない。

 ギリギリセーフ、としておこう。


 が、ここからはまた少しの間、余所行きで居てもらわわねければならない。


 視線の先に居るのは、とある伯爵だ。

 社交界デビューの年から交流がある最初の社交相手であり、今も尚良好な関係を気付いている相手である。


「――こんばんは、モンターギュ伯爵」

「おぉ、セシリア嬢!」


 振り返った男がセシリアを視認して、顔をパァッと華やがせた。

 今まで話していた相手はセシリアを見て「それでは」と自ら伯爵に暇を告げる。

 彼は子爵だ、おそらく伯爵とセシリアに気を使ってくれたのだろう。


「半年見ない間にまた美しくなられたかな」

「お世辞が上手でいらっしゃいますね」


 伯爵からにこやかに言われ、セシリアは社交の仮面で笑顔を作る。


 2年前、社交界ビューをしたばかりの子供相手に邪険にはせずに話を聞いてくれた彼は、しかしそれでも当時は「子供だ」と侮っていた。

 しかし今は、もう他の大人貴族達と同等にセシリアに接する。

 

 彼は、何も全ての12歳の少年少女を相手にそうしている訳ではない。

 彼の中でセシリアだけが特別枠なのは、外から見ても一目瞭然だと思うくらいには顕著である。


 が、それは何も彼だけではない。

 他の貴族もセシリアと直接関りがある人間は、皆大なり小なりそう思っているのだから、最早『特別扱い』というよりは『別枠扱い』と言った方が正しいだろう。

 まぁ勿論これは、兄や姉が通ったのと同じ道ではあるが。


「どうやら何か、良い事があったようですね」

「何故そう思う?」

「ふふふっ、お顔に出ています」


 少し驚いた顔で言われ、思わず声を出して笑ってしまった。

 それだけ分かりやすく機嫌が良いのに、どうして分からないと思ったのか。

 そんな風に思ったからだ。


「もしかして、新種の紙のお話ですか?」


 モンターギュ伯爵領は、紙の生産を領内工業としている。

 その技術は素晴らしく、革新的なアイデアを出しては研究・開発し実用ベースに載せる事を、彼自身も好んでいる節がある。


 確か去年、四苦八苦しているという話をしていた筈だ。

 となれば「もしかしたら」と思ったのだが、どうやら当たっていたようだった。


「いやはや、セシリア嬢を前にすると全てを見透かされている様な気分になるな」


 そんな事を言いながら満更でも無さげに言葉を続ける。


「実はつい先日、『濡れても字が滲みにくい紙』が遂に完成したんだよ。勿論まだ量産は始めていないがな」

「それはまた、革新的な技術がまた一つ生まれましたね」


 セシリアの純粋な褒め言葉に、伯爵は嬉しそうに破顔する。


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