第159話 噂好きも使い方次第


 

 セシリアが次に訪れたのは、とある夫人の所である。

 

「ヘンゼル子爵夫人」

「あら、セシリアさん」


 彼女の声に振り返った女性は、先のモンターギュ伯爵ほどの劇的な反応はしない。

 しかしそれで良い。

 むしろ彼女にそういう反応をされたらとても怖い。


 なんせ彼女は社交界の中でも指折りの噂好きなのだ。

 彼女が手ぐすねを引いて待っているとしたら、その先には最大級の噂話の真偽を知りたい欲求しかない。

 根掘り葉掘り探りを入れてこようとするのは必至となる。


「今年も盛況なようね、セシリアさん」

「毎年注目を集めているかのような事を言わないでください、子爵夫人」

「あら、事実でしょう? デビューの年は侯爵家と王家を相手取り、その翌年はモンターギュ伯爵と共同で紙事業を発展させこの国の経済に大きく貢献した。さて今年は一体何をする予定なの?」


 おしゃべりしていた他の夫人方の仲間に入れてもらう形で輪に加わったセシリアに、子爵夫人はそう先制攻撃をしてくる。

 子爵夫人はこのグループのリーダー的存在だ。

 彼女が話を振ればすなわち、それはグループの関心になる。


「毎年何かをする予定でやっている訳ではないのですが」

「だとしたらそれはそれですごいのだという事を、貴女は分かっているのかしら?」

「私は単に向こうからやって来る物事に、対処しているだけですから」

「物は言い様ね、相手が貴女でなかったならば特に話題の的にはならないような事もあると思うのだけれども」


 ニッコリと笑った彼女だが、その目の奥は笑っていない。

 新たなエサのありかを探る様な、そんな色が存在している。

 


 セシリアには、正直言ってこの子爵夫人に嫌われていない自信がある。

 彼女にとって、人の好き嫌いの線引きは『話題性があるかどうか』だ。

 その点セシリアは、己のこと以外でも、色々な知識があり、社交界の噂もよく知っている。

 それらの情報収集に余念がないセシリアは、彼女にとってはおそらく尽きる事の無い鉱脈か何かに見えている事だろう。


 そしてセシリアもまた、彼女の噂好き過ぎる所に一定の有用性を感じている。


「そういえばセシリアさん、聞きましたよ? 学校の貢献課題で珍しい事を為されたのでしょう?」

「珍しいかどうかは分かりませんが、グループの皆さんと力を合わせて一つの事を成し遂げる事に意義を見出せた年ではありました」

「そうでしょうね、あれだけ大掛かりにやれば。セシリアさんは知らないかもしれないですが、貢献課題で後に政策に組み込まれたものは幾つかあっても、準備段階から国を巻き込んだ課題は今回が初めてらしいですよ?」

「そうなのですか」


 知らない風を装って、少し大げさに驚いてみせる。

 実際には知っていた……というか、パーティーの前に家族から教えてもらっていたが、この場はしらばっくれておいた方が「分かっていて新しいチャレンジをしたのか」と勘繰られずに済むだろう。


 セシリアは何もこの課題で、革新的な何かがしたかった訳じゃない。

 ただ単に、今年も含めれば4年間の学校生活をより効率的に過ごすには最初が肝心だと思ったから、意識改革をしただけだ。

 新しいチャレンジはあくまでもその結果であって、それ以上でも以下でもない。


「それで、その『フリーマーケット』とやらは、現在はどの程度進んでいるのです?」

「さぁどうでしょう、既に私たちの手からは離れてしまった案件ですから」

「そうなの? でも陛下からの覚えは良いのでしょう? 王城に何度も呼ばれたと聞いたけれど?」

「あくまでも準備の時に打ち合わせで、です。陛下もおそらく私達が学校に提出したレポートの内容を要約したものくらいはご存じでしょうけれど、それについて意見を聞かれるような事はありませんでした」


 実際には、開催直前に一度謁見の間で話をさせられているから、全く陛下と直接言葉を交わす事が無かったわけではない。

 おそらく陛下自身の覚えはそれなりに良いのだろう。

 が、レポート提出以降顔を合わせていないのだから、この言も決して嘘ではない。


「そうだったの? 私はてっきりこれを機に、アリティー殿下との婚約話が再燃するのではと思ったのだけど」

「アレは既に終わった話ですよ」

「しかしアレ以降、殿下とは仲良くしている所を社交場でもよく見るようになったじゃない? 学校でもたまに話している所を見るという方がいらしたけれど」

「えぇ仲良くしていただいていますよ、


 子爵夫人の憶測にやんわりとくぎを刺しながら、セシリアはニコリと微笑んだ。

 

 彼女は『革新派』の貴族である。

 『保守派』の殿下に中立の私が嫁ぐのかどうか、つまりオルトガン伯爵家が『保守派』側に傾くのかどうかがおそらく気になっているのだろう。

 

 しかしこちらも、彼女が『革新派』の人間であるが故に、切り込める事もある。


「しかしその件では私、己の未熟さを痛感しました。まさか学校の課題如きに大人が躍起になるとは思わなくて」

「大人が躍起に?」


 一体何の話をしているのかと言いたげな視線を向けられる。

 セシリアは困ったように頬に手を当てて、小首を傾げながら言った。


「えぇ。まさか課題を妨害される事になるとは思わなくて」


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