第156話 カロリーナ、終始驚く



「――本当にびっくりしちゃったわ。だってセシリー、公爵家に真っ向から喧嘩を売るんだもの」


 感嘆なのか呆れなのか、いまいちよく分からないカロリーナの声に、セシリアは思わずキョトンとする。


 セシリアとしては、あくまでも自分たちに嫌な事を強いてきたから、対抗しただけである。

 謝罪もせずに口封じだけ要求するなんて、先に喧嘩を売ってきたのは明らかにあちらの方なのだ。


「え? 私、何かおかしかったですか?」


 とぼけた訳じゃない。

 素で兄姉に確認すると、彼等も同じくキョトン顔だ。


「え、特におかしな事は無かったと思うけど」

「そうですね。セシリーは至極正当な判断をしただけです」


 兄姉揃って――マリーシアはともかくとして、カロリーナにとっては旦那様になる筈のキリルさえも同じ考えだった事に、彼女は思わず目を丸くする。


「我が家は権力に決して負けない。それ程の力を持てるように日々振る舞って、こういう時には立ち上がる。そういう教育方針ですから、この子達にとってはこれが普通なのですよ」


 フォロー代わりにクレアリンゼが、最後に一言「まぁ驚く気持ちはよく分かりますけれど」と付け足した。

 おそらく彼女も嫁ぐ前後に、似たような事から旦那様の考え方のルーツ知ったのだろう。

 

「この子たちを育て上げたのは私ですけれど、その考えに出会った当初は、気持ちとしては頷けても実際には無謀だと思っていました」


 暗に「私も乗り越えてきた道だ」と告げたクレアリンゼは、カロリーナの肩にポンと手を置く。


「大丈夫ですよ、その内慣れます」

「……精進いたします」


 にこりと微笑んだクレアリンゼに、降参したような答えが返ってくる。

 この時点で逃げ出さない人、そもそも伯爵家の在り方に異を唱えない人をキリルは選んでいる筈だ。

 大丈夫、それほど心配しなくても、彼女もその内伯爵家の水に馴染むだろう。


 彼女の様子を横目に見ながら、セシリアは話を本題に戻す。


「今見ていただいた通りです、お母様、お兄様、お姉様」

「えぇ、プランはBに決定ね」

「ならちょうど良いし、あとでケントに会いに行こうかな」


 マリーシアの声に頷くと、キリルが同意を求めるようにカロリーナの方を見ながら言う。

 彼女も「えぇ」と頷いた。

 どうやら二人は解散後、学生時代の友人との旧交を温める事にしたらしい。


「あぁそういえば、先ほどケント様にお会いしましたよ? 少しですかお話もしました」

「へぇ、そうなんだ。じゃぁしっかりと釘を刺しておくよ。『僕の妹に手を出さないでね』って」

「ふふふっ、お兄様ったら」


 茶目っ気のあるその言い方に、思わず笑みが零れてしまう。


 そんなやり取りが、どうやらカロリーナには、先程のダリアの来訪をまるで感じさせないものに見えたらしい。

 驚きと関心の狭間で翻弄されている彼女に、またクレアリンゼが「慣れますよ」と優しく言う。


 その一言で、まるで魔法にでもかかったかのようにカロリーナの表情が和らいだのだから、流石はクレアリンゼ。

 社交の盟主と言われるだけの事はある。



 そうして家族の団らんをしていると、やがて謁見の為の階段から降りてきた父・ワルターがまっすぐに歩いてきた。


 まるでそれに合わせるようにスッと私達の影から現れた我がオルトガン伯爵家の筆頭執事・マルクが、静かにワインの入ったグラスを差し出したのと、ワルターが手を伸ばしたのは、ほぼ同時。


「待たせたな」


 言いながら、最短距離、最短時間で渡ったワインをワルターが口に含む。


「いえお父様、合間にもありましたから退屈は全くしませんでした」

「――あぁ、来たのかせっかちな。それで?」

「Bです」

「ふんっ、やはりな。では行こう」


 たったこれだけのやり取りで、彼らの意思疎通は終わりを告げた。

 

 用が済んだグラスを手早くマルクに戻し、颯爽とワルターが歩き出す。

 それに、キリル、マリーシア、セシリアの順に続き、最後にクレアリンゼが呆けた様子のカロリーナを促した。


「もしかして今ので……?」


 今のこの主語がほぼ無いやり取りであの時間にあった事が全て伝わってしまったのか。

 そう言いたげな彼女に、クレアリンゼはふわりと微笑んだ。


「いずれ慣れます、心配なんていりません」


 さぁ行きましょうと再度促されて、カロリーナも伯爵家の一団に加わる。

 この後彼女が家族ぐるみでほんの幾つかの家への挨拶を済ませた後、すぐに「あとは個人の社交相手に挨拶を」という名の自由行動になった事になり、「こんなに早く終わっちゃうの?!」とまた一つ驚いたのは、言うまでも無い。

 

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