第141話 穴あきユンはいつも通り ~グレアン視点~



 屋敷に入ると、丁度見知った顔があった。


「あ、確か」

「ユンの見舞いに来てくださったのですか? ロン様」

「あれ、俺の名前……」

「セシリア様のメイドたるもの、セシリア様の周りの方々の顔と名前を覚えておくのは当然の事です。まぁユンは、覚えるのにかなり苦心していましたが」


 「無理やり頭にねじ込みました」と答えたのは、いつもセシリアについているメイドである。


 無表情だが、いつもこういう感じだった気がするので、おそらく平常運転の筈だ。

 案内を申し出てくれた彼女の言葉に甘えてロン共々ぞろぞろと歩きながら、彼女と2、3話をする。


「ユンの怪我はまぁまぁでした」

「まぁまぁって」

「『現在はもう命に別状はない』という事です」

「あぁ」


 なるほど、つまり一時期は命に係わる可能性があったという事なのだろう。

 ロンの話し声を聞きながらそう思い、グレアンも「なぁ」と質問をする。


「そんな状態なのに来ちゃって大丈夫だったのか?」


 セシリアはOKを出していたが、もしかしたら本人は辛いんじゃないか。

 そんな懸念で尋ねれば、メイドは思わずため息を吐く。


「むしろ来ていただけて良かったくらいです。あのバカは、一人で置いておくとすぐに暇を持て余して奇行に――」

「何やってんの!!」


 メイドの言葉に被る形で、大きな声が廊下に響いた。

 何事だ? と思わずギョッとしていると、メイドがわざとらしく深いため息をついてみせる。


「あぁなるほど、ですか」

「また?」

「えぇ、今日で三回目。因みに一度目は私で、二度目はゼルゼンです」


 じゃぁ三度目の今回は誰なのか。ゼルゼンとは、たしか執事の名だった筈だ。しかしどう聞いても今のは女の声だ。



 疑問に思っている間にも、女の声がやいやいと説教をしている。

 それでもメイドが無遠慮に足を進めるので「行っても大丈夫なのだろうか」と思いつつ、彼女の後について行く。

 するとチラリとこちらを見た彼女は、おそらく表情から何が言いたいのか察したのだろう。


「すでに手遅れですからね」

「え?」

「声はもう聞こえてしまっていますし、それに――」


 そう言って彼女が示した先には、とある扉の前に苦笑ぎみな顔で立っている先客が一人。


「セシリア様の本性が1人にバレても5人にバレても最早似たようなものかなと思いますので」


 そこに居たのはオッサンだ。『運営』セクションの4人の一人で、確か名前は――。


「あれ、ランディー?」

「や、やぁロン様」


 困り顔のランディーが、グレアン達を見て少しホッとしたような顔になった。


「ランディーもユンのお見舞いに?」

「いやまぁ元々はセシリア様に用があって来たんだけど……」


 おそらくついでにユンの見舞いをするつもりはあったのだろう。


「あははは……入ろうと思ったら始まっちゃって」


 言いながら彼が指差す先には、一枚の扉。

 一体何が起きているのか気になるが、扉はピッチリと閉まっていて中を盗み見る余裕もない。

 気になるがまぁ仕方がないな、と諦めた時、無表情のチャレンジャーがスッと扉の前に立った。

 そして。


 ――カチャリ。


(えぇーっ?!)


 出かかった声をすんでのところで引っ込めたグレアンを、誰か褒めるべきである。


 平然と主人の様子を盗み見る気のメイドだが、本来ならばあってはならない事である。

 そのくらいの事くらいは、平民で騎士科のグレアンだって理解できる。

 思わず絶句していると、隣でフラリと影が揺れた。

 ロンだ。


「ちょっロンお前……!」


 流石にダメだろ。

 っていうかそんな事、貴族のロンなら分かるだろ。

 思わず目でそう訴えるが、ロンはフッと大人びた笑みを浮かべる。


「グレアン、良い事を一つ教えてやろう。人は誰しも、好奇心には逆らえない」


 良い顔で言っても、ダメなものはダメである。

 だというのに、ロンはメイドに倣ってスススーッと扉に寄っていくとちょっとだけ空いた隙間から中をのぞく体制に入った。

 それを見て、他の二人も後に続く。


 何だコイツラ大丈夫かよ。

 相手はお貴族様なんだぞ?!


 思わずそう思ったが、目の前のトーテムポールを見てしまうと、どうしても好奇心が疼きだす。


(……えぇい、コレはあれだ。ユンが虐げられてないかのチェックであって、別に他の意図はないっ!!)


 自分に強く言い訳をしながら、結局グレアンもトーテムポールの一番下へを加わったのだった。




 室内には、夕日が差していた。

 ふわりと靡くレースカーテンに、広々とした部屋。

 中に置かれた家具もおそらく貴族用なのだろう、少なくとも元々は使用人の部屋じゃない。

 そんな部屋の奥側に、天蓋付きの大きなベッドが置かれていた。

 その上にユンが寝かされて――いない。

 「ん? どこだ?」と思っていると、少女の怒り声がした。


「メリアに様子を聞いた時は、『いつも通りでした』と言っていたから安心したけど、その後見に行かせたゼルゼンが『いままぁ確かにいつも通りだった』って苦笑するから何かおかしいと思っていたのよ……ほらとっとと横になりなさい!」


 声の主はちょうど死角から現れた。

 流石にもう見間違えない。

 彼女がセシリア・オルトガン、しかし少し様子がおかしい。


 いつもの悠然とした余裕はどこへ行ったのやら。

 怒りと呆れを隠さぬ声色に、立っているユンを背中からグイグイと押している。


 ドタバタという音が聞こえてきそうな足取りは、きっとそれだけ必至なのだろう。

 押されて無理やり歩かされるユンは、困り顔で後ろの主を眺めながら、仕方が無しに歩いている。



 最初は彼女の言動に「ケガ人になんて乱暴を」と一瞬苛立ちを覚えたが、すぐにそれは見当違いだったと気付いた。


「いやだから、本当にもう大丈夫なんだってば」

「大丈夫な筈が無いでしょう?! 貴方腹部を刺されたのよ? それなのに何? 筋トレですって?!」


(え……)


「しかも腹筋! もう一度言うわ、貴方は、さっき、腹部を刺されたのよ?!」


(えー……)


 思わず額に手を当て天井を仰ぎ見てしまった。


 ユン、お前、それは無いよ、流石に無い。

 怒られて当たり前だ。

 っていうか、怒られろ。



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