2日目終わりのお見舞い

第140話 ユンの見舞い ~グレアン視点~


 

 ユンの話を聞いたり周りへの対応を見たりして見直していた自分が馬鹿らしい。

 そう思うくらいには、グレアンは怒っていた。


 

 目の前でユンが負傷した。

 出血量も結構あった。

 原因はセシリア・オルトガンを彼が護ったからである。


 ユンはグレアンのクラスメートという以前に、セシリア・オルトガンの護衛騎士だ。

 だからユンは単に仕事をしただけだし、セシリアも仕事をさせるのは当然だと思っているのかもしれない。

 

 だけどユンは、護衛騎士である以前に人間だ。

 怪我をすれば痛いんだし、怪我が酷ければ死に至る事もある。

 なのに何だ、あの態度は。


 グレアンが思い出すのは、ユンが怪我をしても全く表情を変えなかったセシリアの姿。

 友人の怪我が心配で駆け寄ろうとしたグレアンに「仕事をしろ」と言った彼女だ。


 

 確かに彼女の言う事は、至極真っ当なのだろう。

 騎士は騎士の仕事をすべし。

 大人になればきっとそれを強要されるし、プロとなればそれが普通だ。


 それでも感情は追いつかない。

 一言の労いや心配の言葉さえかけず事務的な事を優先する彼女は、まるで騎士俺達を道具か壁だとでも思っているかのようだった。

 それが何より許せない。

 最低だ、最悪だ、幻滅だ。

 心の底から得も言われぬ苛立ちが、ふつりふつりと浮かび上がる。



 二日目はあれから特に大きなトラブルが起きる事も無く、無事に終わる事が出来た。


 結局あの場は残ったオッサンが何だかんだで仕切っていた。

 あとで人づてに現場の事態が収拾した頃に『運営』テントに戻ったらしいと、安堵交じりな声で聞いたんのだ。

 実際には見ていないからどんな顔をして役割をこなしていたのかは全く知らないが、会わなくて良かったと思う。

 きっと会ったら、彼女の無慈悲に腹が立って詰め寄っていた事だろう。


 さっき丁度「最終日もがんばろー」と言い合って、現地で解散したばかり。

 聞いてみるとユンの見舞いに行く事をセシリアが許可しているという事なので、クラスメートたちと4人で行く事にした。

 場所はオルトガン伯爵の王都邸だ、流石にみんな、気にはなるけど一人で行く勇気はない。


 連れだって歩きながら、未だにふつふつと沸き上がる怒りに苛立っていると、隣から「どうしたよ?」とロンに尋ねられた。

 理由を素直に話してみると、彼は思わずと言った感じで苦笑する。


「いやまぁアレは、ある意味しょうがないというか」

「は?」

「いやだから、フリーマーケットを統括する立場としてはむしろ正解の対応というか」

「何だよソレ」

「だって一番偉い人とか普段は頼りになる人がすんごく取り乱してみろよ、不安になるだろ」

「まぁ、たしかに……」


 確かに一人で騒がれたら、それはそれで「仕事しろよ」と思ったかもしれない。

 そう思い始めると、段々と分からなくなってきた。


 別に取り乱せと言っている訳ではないのだ。

 ただもうちょっと心配しても良いと思うのだ、セシリアの為にユンはあんな怪我をしたのだから。



 煮え切らない気持ちを抱えつつ歩いて、豪邸の前へとたどり着いた。

 平民のユンは、貴族街に入る事さえ初めてだ。

 こんな目の前で貴族の屋敷を見た事も無い。


(たとえ地図を貰ってここまで来ても、俺一人じゃ多分とんぼ返りしてたな……)


 思わずそう思ってしまうくらいには、目の前の屋敷は未知の世界だ。


「私、ツイード男爵家の息子でロンと申します。本日はクラスメートのユンのお見舞いに来たのですが……」


 ロンが代表してそう告げると、門番の兵が「あぁ」と声を上げる。


「君たちユンの友達か?」

「はい」

「セシリア様から『多分来るから、ユンの友人として招いてくれ』って言われているよ。いやぁ、それにしても良かったなぁ。ユンにも外に友達が出来たかぁ」

「『外に』?」

「ん? あぁ、オルトガン伯爵家の本家には、使用人家族が住める離れが建っていて、使用人の家族はみんなそこで生活しているからな。使用人になる前から、何人か同年代の幼馴染っていうのが出来る。その代わり遊び相手には事欠かないから、外につながりを持つ必要性が薄れてな」

「あぁ、それで『外』……」

「まぁゆっくり見舞ってやってくれ。ユンの居場所は屋敷の中に居る使用人に案内してもらってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 言いながら、門を通してもらう。


「お貴族様の使用人は、離れに住めるんだなぁ」


 平民街暮らしより一段リッチな生活が出来そうだよなぁ……などと思いながら呟けば、ロンに困った顔で振り返られた。


「普通は屋敷の敷地内にわざわざ離れを建てたりはしない」

「え?」

「屋敷の中の物置部屋みたいな場所に住まわせるか、他に家族が居る場合は外から通勤するのが普通だ」


 「授業でもそう習ったし」と言った彼はあくまでも普通顔で、特にこちらを騙している様子も無ければおそらく騙す理由も無い。


「つまり?」

「ちょっと変わってる。まぁ元々オルトガン伯爵家は、貴族の中でも『変わってる』で有名だけどな」

「そうなのか?」

「セシリア様は社交界デビューの年から大人の社交に混ざって違和感全く無かったし、兄姉もそんな感じだったって噂だし。アリティー殿下相手でも普通に立てつくような真似を涼しい顔でしてみせるし、殿下からの求婚を突っ返したのなんて、セシリア様くらいなんじゃないかな」


 正直言って、社交云々の話はイマイチすごいの基準が分からない。しかし王族相手に立てついたり求婚をつっかえすというのは。


「……なんかスゲぇな」

「だろ?」


 引きつる笑顔で答えれば、苦笑気味に返された。


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