第139話 残された者達 ~ランディー視点~
遠ざかるセシリアの背中を、ランディーは呆然とした気持ちで見つめる。
彼女が去っても場のざわめきは去ってくれない。
それどころか動揺の声は一層増したように思える。
どうしてか。
そんなのは簡単な話である。
どっしりと構えた柱が突如無くなったのだ、ぐらつく足元に不安にならない者は居ないという話である。
『運営』セクションが、ひいてはこのグループ課題そのものが彼女を柱にして立っている事は、彼女が先ほど言った通り一連を最も彼女の近くで見てきたランディーだからこそよく知っている。
目端が利き、必要な分だけ必要なところに助言や助力を施す彼女のバランス感覚の素晴らしさは、携わる者全ての安堵を引き出していた。
彼女がいるから大丈夫。
何があっても彼女が居る。
皆そういう気持ちだったから、初めての試みにも不安なく一歩が踏み出せた。
グループメンバーの自信が他の参加者たちの安堵を引き出し、だからこそこんなにもたくさんの人が集まる場所で笑顔が咲いているのだろう。
でもそれは、彼女が飛びぬけて優秀だからこそ出来る事だ。
こんな場所に取り残されてしまったランディーは、自信がない。
大人なのにと思うだろうか。
それでもやはり、周りを率いた経験も無くセシリアに比べれば目端なんて全く利かないという確信がある彼にとって、これは無謀の極地のように思えた。
(こんな大役、俺には無理だ)
拳を握り、自分の無力にギリッと歯軋りをした。
その時だ。
「……あぁもう本当に腹が立つ。これだからお貴族様ってヤツは!」
大きく舌打ちをしながらも、少年がその場から走り出した。
確かグレアンと言っただろうか、先程セシリアの騎士が負傷した時に真っ先に駆け寄ろうとした子である。
そういえば、彼もまたセシリアから役割を与えられていた。
彼が向かう先には販売用のテントがある。
あんな盛大な悪態をつきながらも結局、彼女の言葉に従うのだろう。
おそらくそれに触発されてか、街の人達を押し止めていた『警備計画・指揮管理』セクションの面々も、不安げで心許ない表情から一変、キュッと口元を引き締めて前を向く。
自分の仕事を全うしようと決めた者達の顔つきだ。
その誰もが若者で、ランディーがおそらく運営側ではこの場で最も年上だ。
否、この場でだけじゃない。
元々グループ最年長はランディーだった。
彼等だっておそらく不安を抱えている。
それでもなお自らの仕事を全うしようと立つその姿に、ランディーはガァンと頭を殴られたような気持ちにさせられた。
『俺には無理だ』?
なんて甘えた考えだろう。
今まで確かに俺達の柱はセシリアだった。
だけど多分、本当は柱なんて何本あっても良かったのだ。
俺達は彼女にこれまでずっと甘えてきていて、それを彼女は許容してくれていたのだ。
必要最低限の助力をしつつ、もしかしたら個々人なりの頑張りを見守ってくれていたのかもしれない。
だとしたら、彼女の優しさにいつまでもおんぶにだっこで良い筈がない。
他の人達にちゃんと最低限の助力をしていたように、もしかしたら彼女はランディーにだって助力をしてくれていたのかもしれない。
確かに運営のアレコレを詳しく説明し、教えられた事はない。
それでも見せる事こそが最低限の助力だったのだとしたら、ランディーは一体どれほどの特等席でその恩恵にあずかっていたか、計り知れない。
先程の彼女を思い出す。
「それはただの怠慢ですよ」
そう言った彼女は確かにこちらを強く突き放しているように思えたが、果たしてそれは悪意からだっただろうか。
信じてくれたんじゃないのだろうか。
『ランディーになら出来る』と思って、言ってくれたんじゃないだろうか。
彼女はランディーに、細かい指示をしていかなかった。
それはもしかしたら刻一刻と変わる現場の対応に、自分の指示は邪魔になると思ったからなのかもしれない。
しかしそれだけで、丸投げをするような彼女でもないだろう。
もしその答えがやはり信頼なのだとしたら
「その信頼には、答えないといけないよな」
男として、大人として、そして一人の人間として、彼女ほどの人からもらった信頼を返さなければ自分が廃る。
「セシリア様なら何をする……?」
周囲を見回し、必死に頭を回転させる。
憲兵が来て、ロンが今対応している。
犯人たちは、今ちょうど連れていかれる所だ。
通行止めをしている『警備計画・指揮管理』セクションは、順次客たちの回り道を案内し始めているものの、彼らは不安顔で野次馬をするばかり。
誘導に従う者も少し入るが、少数派と言っていい。
状況を回復する為には、この場を片付けて通行止めを解くのが一番だ。
ならばグレアンが片付け人員を連れてくるのを待たずに少しでも早く、自分一人でも片づけを始めた方が良いだろうか。
――否、そうじゃない。
ランディーは今、『運営』セクションの暫定代表者としてここに立っている。
ならば彼がやるべきは、全体を見回し事が円滑に進むように指示する事だ。
こういう時セシリアは、労働力の一つになるより周りを掌握する事によって状況改善を図る筈だ。
ならば、今ランディーがすべき事は。
「み、皆さん。お騒がせしてしまっていますが、大丈夫です。もういざこざは収まりました!」
ランディーは、客たちの不安を少しでも取り除くために言葉を発する事を選んだ。
例えばいつだってセシリアがそうしていたように、背筋を伸ばし、笑顔を作り、決して嘘によって塗り固めるのではなく、真実と誠意で彼らの不安の波を沈める。
もちろんそんなの、一朝一夕にできる事じゃない。
それでも彼女の背中を追ってほんの少しでも状況を好転させるべく動く事が今の自分のやるべき事だと、ランディーはそう確信付けた。
最初、狭き門だった学校に入学する事が出来た時、ランディーには自信が無かった。
子供の中に大人が一人、そんな状況に分かりやすく委縮してしまっていた。
そんな彼を救い上げてくれたのが、この貢献課題の準備、セシリアとの出会いだった。
仲間に入れて貰えたような安堵と喜びに包まれたこの2か月ほどは、まるでソレまでが嘘だったかのように楽しい学校生活だった。
それでも所詮は『籠の中の鳥』だった。
しかしランディーは今、やっと飛び方を模倣し始める。
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