第131話 平民の常識、貴族の非常識



 セシリアのと含めて三人分の袋をクイッと持ち上げると、二人して少し驚いた顔になった。

 が、それもすぐに溶けてフッと綻ぶ。


「ありがとう、頂くよ」

「もうそんな時間なのか」


 レガシーが先に手を伸ばし、クラウンも安堵交じりに波に乗る。

 もしレガシーがまだ食べれそうになければ、食べ物の臭いが近くでするのも決して良くないだろう。

 その時は向こうで食べようと思っていたが、どうやら配慮は必要無さそうだ。

 

 二人に紙袋を渡したところで、ゼルゼンがまだ空いていた予備の椅子を持って来た。

 座りながら「うちの使用人たちにも、順番に食事を摂らせています。お二人の使用人たちにも声を掛けた方が良いかもしれませんね」と言えば、二人が「そうだな」と頷いた。

 チラリと後ろを振り返れば、ゼルゼンが「心得た」と言わんばかりに一礼し、一度ついたての向こうへと消える。


 ノイには『運営』セクションのメンバーの他に、ハンツとセシリアの従者分の食べものも買ってきてもらっている。

 彼等の場合は現在正に一応職務中という事なので、流石に主人と一緒にご飯は食べられない。

 セシリアの周りでは、現在ゼルゼンの交代要員であるメリアといつ出番があるか分からないから食べれる内に食べておいた方が良いユンが一緒に昼食中だ。

 二人が食べて戻ってきたら、ゼルゼンが交代で食べに行く。



 すぐについたての向こうから戻って来たゼルゼンの気配を背中に感じつつ、セシリアはイソイソと紙袋を開ける。

 一足早く開け始めていたクラウンが、一口大よりよほど大きなパンを見て「どうやって食べるんだ?」と小首を傾げている。


 普通、貴族の食べものは既に1口大、大きくても2、3口大に切られているか、ナイフとフォークが付いていて、程よい大きさに自分で切って食べるものだ。

 そういう環境で育っているから、急に出てきた非常識な大きさに戸惑いを隠せないでいる。


 そんな彼に、セシリアは「こうやって食べるのですよ」と言って、そのままパクリとかぶりついた。

 モグモグと咀嚼していると「おぉぉ……ワイルドだな」などと言われるが、これでも口の周りは綺麗である。

 出来れば豪快と言ってほしい。


 地味に尻込みしたクラウンに対し、意外にもレガシーは何の抵抗も無くかぶりついた。

 

「レガシーは、妙に小慣れている感じがするのだが」

「そりゃぁ僕は研究中にカラトリーとか使うの面倒だから、こういう風に片手で食べる系のものはしょっちゅう食べてるしね」


 なるほど、彼の場合、栄養摂取は鉱物研究の片手間という事らしい。

 しかし12歳で既にある程度の成果を出して周りから『前途明るい研究者』としての認知度が高いレガシーなのだから、そういう生活パターンになるのも仕方がない事なのだろう。


 クラウンも納得したらしく「なるほど」と言ってから、意を決してパクリとパンにかぶりついた。

 パンだけじゃなく間に挟んだ肉に野菜も噛み切るので、モシャリという音がする。

 そして彼は呟いた。


「……美味いな」


 どうやら気に入ったらしい。


 三人でモグモグと昼食を摂る中で、世間話がてらセシリアは二人に尋ねた。


「お二人は、ここに来るまでに幾つかお店を見て回ったんですか?」

「あぁ、ここに来るまでの直線距離だけだけどな」


 それ以上の余力はなさそうだったからな。

 クラウンがそう言い苦笑いする。


 実際にそうだったのだろう。

 セシリアと合流してすぐにフラッときた事からも彼の予測は正確だったのだろうし、直行したのは英断だった。


「だから本当に歩いて見て回っただけだったが、皆楽しそうだったぞ。売れ行きも良さそうだったしな。雰囲気は市場に近いだろうか」

「市場?」

「あぁ、中には『二つ買うからちょっとまけてくれないか』と値引き交渉をしているヤツもいた」


 クラウンは、どうやら市場に行った事があるらしい。

 セシリアも自領の一番に一度視察と称していってみた事があるが、あそこは飲食店などを経営している仕事人が食材を買うために行く事もあり、値切りや駆け引きが威勢よく飛び交っているイメージが強い。


 それと比べてしまうと例えるには少し大げさすぎる感じもあるが、沽券こけんに関わるので普段は値切りなど一切しない貴族から見ると、「値切りをしている」というだけで同じカテゴリーだと考える事も出来なくはない。


 「なるほど」と少し納得しながら、「まぁそれが弊害で起きるトラブルもあるのですがね」と告げる。


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